ホント? 床屋で血圧下がる? [医学・医療短信]
床屋で血圧は下がるのか?
慶應義塾大学循環器内科 香坂 俊
研究の背景:血圧のコントロールは悪くなっている?
高血圧にはパラドックスが存在する。
過去50年の間で高血圧の病態に対する理解は深まり、さらに処方できる薬剤も増えている。
が、なぜか患者さんの数は年々増えており(!)、そして個々の患者さんの血圧のコントロールも悪くなっている(!!)。
このパラドックスは、早期発見バイアスによって説明できるとする向きもあるが、米国での推計によると、高血圧患者のうち28%はそれと認識しておらず、認識していたとしても39%が治療を受けておらず、治療を受けていたとしても65%が140/90mmHg以下にコントロールできていない、などと報告されている(Hypertension 2008; 52: 818-827)。
「Hypertension(高血圧)」=高血圧に関する研究を紹介するAHA(American Heart Association アメリカ心臓協会)の学会誌。血圧の調整,病態生理学,臨床での治療,高血圧の予防など広範囲にわたる質の高い調査報告を掲載する,本分野のトップジャーナル。
なので、単純に降圧薬の種類が増えたからといって高血圧の問題を解決できたと考えるのは(全くもって)早計であり、さまざまな方面から高血圧に対する対策は練り続ける必要があると考えられている。
研究のデザイン:床屋さんでできることはないか?
ここに今年(2018年)4月、従来とは全く異なるアプローチで血圧コントロールに挑戦した研究グループがその成果をNEJM誌に発表した(N Engl J Med 2018)。
N Engl J Med=The New England Journal of Medicine(ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン)は、マサチューセッツ内科外科学会によって発行される、英語で書かれた査読制の医学雑誌。継続して発行されている医学雑誌のうちでは世界で最も長い歴史を誇り、また世界で最も広く読まれ、最もよく引用され、最も影響を与えている一般的な医学系定期刊行物となっている。
一言で言うと「血圧の管理を床屋に持ち込んだ」ということになるのだが、パンフレットを配布するという単純な啓発活動を行ったということでもなく、医師を常駐させたというようなことでもない。
同じ研究グループが数年前に「単純な啓発活動」では血圧のコントロールは全く改善しないということを示しており、さらに医師を引っ張り出しても医療費がかさむばかりである(米国の医師は高い!)。
こうした前提の中で、今回取られたアプローチというのは下記のようなものである:
① 52店の理髪店を、薬剤師主導の現場介入群と対照群のいずれかに割り付けた
② 介入群では、理髪師が常連客に対し(専門のトレーニングを受けた)薬剤師と店内で会うことを促した
③ 薬剤師はその常連客の担当医と相談しながら(あるいはあらかじめ決められたプロトコルに沿って)降圧薬を直接処方することができた
④ 対照群でもそのまま放っておくということはせず、血圧を必ず測定し、その結果次第では理髪師が生活習慣の改善および医師の診察の予約を促す、ということが行われた
研究の結果:介入群で「3倍」の血圧低下
各理髪店の常連客で高血圧〔収縮期高血圧(SBP) 140mmHg以上〕を有する319人の方がこの研究に参加した。
その後6カ月で、薬剤師介入群の平均SBPは27.0mmHg低下した(対照群でもSBPは低下したが9.3mmHgの低下にとどまった)。
これはもちろん統計的に有意な差である(P<0.001)。なお、介入群の63.6%で130/80mmHg未満という目標が達成されたが、対照群では11.7%であった(P<0.001)。
この話にはまだ先がある。今回の研究の参加者というのは、40%が年収250万円以下の世帯に属しており、ほとんどの人が肥満で、1/3が喫煙しているという通常はランダム化比較試験(RCT)に参加しないか、あるいは参加しても非常にコンプライアンス(≒プロトコル遵守)が悪い患者群を対象としていた。
にもかかわらず、である。研究期間の6か月を通してのプロトコル遵守率は95%を達成した。
私はこう考える①:新たな医療モデルの提案
これまでにも類似のデザインの研究は行われてきた。
しかし繰り返しになるが、本研究の対照群で用いられたような単純な啓発活動(血圧を測って医院や病院に行くことを促す)だけでは、なかなか実のある改善は見られなかった。
もう一度振り返ってみよう。今回の研究の介入は、
• 常連客に対して理髪店で血圧の測定が行われた
• 理髪師が店内で薬剤師を紹介した
• 薬剤師がその場で(理髪店で)血圧を管理した
というものである。
常連客にとって、行きつけの理髪店は信頼できる場所であり、店主は信頼できる人物である。
さらに、薬剤師が理髪店に常駐しており、担当医師と「相談」はするものの、直接薬剤を処方し、変更することができる。
お気付きいただけただろうか?
このループの中にはその地域の信頼できる人や場所が含まれていて、そこに薬剤師が入っていったというものであり、医師による直接介入は入っていない。
これまで医療の提供は、当たり前ではあるが、医院や病院で行われてきた。
極論かもしれないが、医師は患者さんが来るのを待っていればそれでよかった。
今回示されたのは、単に「床屋に行ったら血圧がよくなった」ということではなく、医師を直接介さない新しい医療提供モデルが(受け身の)従来型のモデルよりも有効であるということなのではないかと考えられる。
その地域あるいは社会の中で信頼されている人物(この研究では床屋さん)にアドバイスを送ってもらい、すかさず医師でない医療関係者(この研究では薬剤師)がプロフェッショナルな介入を行うというモデルはさまざまな慢性疾患に応用できる可能性を秘めている。
私はこう考える②:今後の医療提供はどのように?
患者が来るのを待つばかりではなく、いつも患者がいる場所で患者に会うことが「より有効」な医療介入の手段になるということが示されたが、ここにはさまざまな課題も存在する。
誰が非医療者のトレーニングを行い、誰が薬剤師の介入に対する支払いを行い、そして誰が最終的な責任を取るのか?
ただ、従来型の医療の提供が限界に来ていることは日々入ってくるニュースからも明らかであり、わが国ではそこに人工知能(AI)を介入させたり、あるいは遠隔医療の仕組みを整えて乗り切る方向に舵を切っている(ように筆者には思える)。
しかし、今回の研究の結果を見てみると、医療提供のあるべき姿というのは、意外と身近なところに存在するのではないかと気付かされる。
自分としては、従来からの医療の「枠」を広げることで、より良い医療を提供し、さらに医師側の負担を軽減することができる、ということなのであれば積極的にその可能性を探索していってもよいように思われる。
「MedicalTribune 」による
慶應義塾大学循環器内科 香坂 俊
研究の背景:血圧のコントロールは悪くなっている?
高血圧にはパラドックスが存在する。
過去50年の間で高血圧の病態に対する理解は深まり、さらに処方できる薬剤も増えている。
が、なぜか患者さんの数は年々増えており(!)、そして個々の患者さんの血圧のコントロールも悪くなっている(!!)。
このパラドックスは、早期発見バイアスによって説明できるとする向きもあるが、米国での推計によると、高血圧患者のうち28%はそれと認識しておらず、認識していたとしても39%が治療を受けておらず、治療を受けていたとしても65%が140/90mmHg以下にコントロールできていない、などと報告されている(Hypertension 2008; 52: 818-827)。
「Hypertension(高血圧)」=高血圧に関する研究を紹介するAHA(American Heart Association アメリカ心臓協会)の学会誌。血圧の調整,病態生理学,臨床での治療,高血圧の予防など広範囲にわたる質の高い調査報告を掲載する,本分野のトップジャーナル。
なので、単純に降圧薬の種類が増えたからといって高血圧の問題を解決できたと考えるのは(全くもって)早計であり、さまざまな方面から高血圧に対する対策は練り続ける必要があると考えられている。
研究のデザイン:床屋さんでできることはないか?
ここに今年(2018年)4月、従来とは全く異なるアプローチで血圧コントロールに挑戦した研究グループがその成果をNEJM誌に発表した(N Engl J Med 2018)。
N Engl J Med=The New England Journal of Medicine(ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン)は、マサチューセッツ内科外科学会によって発行される、英語で書かれた査読制の医学雑誌。継続して発行されている医学雑誌のうちでは世界で最も長い歴史を誇り、また世界で最も広く読まれ、最もよく引用され、最も影響を与えている一般的な医学系定期刊行物となっている。
一言で言うと「血圧の管理を床屋に持ち込んだ」ということになるのだが、パンフレットを配布するという単純な啓発活動を行ったということでもなく、医師を常駐させたというようなことでもない。
同じ研究グループが数年前に「単純な啓発活動」では血圧のコントロールは全く改善しないということを示しており、さらに医師を引っ張り出しても医療費がかさむばかりである(米国の医師は高い!)。
こうした前提の中で、今回取られたアプローチというのは下記のようなものである:
① 52店の理髪店を、薬剤師主導の現場介入群と対照群のいずれかに割り付けた
② 介入群では、理髪師が常連客に対し(専門のトレーニングを受けた)薬剤師と店内で会うことを促した
③ 薬剤師はその常連客の担当医と相談しながら(あるいはあらかじめ決められたプロトコルに沿って)降圧薬を直接処方することができた
④ 対照群でもそのまま放っておくということはせず、血圧を必ず測定し、その結果次第では理髪師が生活習慣の改善および医師の診察の予約を促す、ということが行われた
研究の結果:介入群で「3倍」の血圧低下
各理髪店の常連客で高血圧〔収縮期高血圧(SBP) 140mmHg以上〕を有する319人の方がこの研究に参加した。
その後6カ月で、薬剤師介入群の平均SBPは27.0mmHg低下した(対照群でもSBPは低下したが9.3mmHgの低下にとどまった)。
これはもちろん統計的に有意な差である(P<0.001)。なお、介入群の63.6%で130/80mmHg未満という目標が達成されたが、対照群では11.7%であった(P<0.001)。
この話にはまだ先がある。今回の研究の参加者というのは、40%が年収250万円以下の世帯に属しており、ほとんどの人が肥満で、1/3が喫煙しているという通常はランダム化比較試験(RCT)に参加しないか、あるいは参加しても非常にコンプライアンス(≒プロトコル遵守)が悪い患者群を対象としていた。
にもかかわらず、である。研究期間の6か月を通してのプロトコル遵守率は95%を達成した。
私はこう考える①:新たな医療モデルの提案
これまでにも類似のデザインの研究は行われてきた。
しかし繰り返しになるが、本研究の対照群で用いられたような単純な啓発活動(血圧を測って医院や病院に行くことを促す)だけでは、なかなか実のある改善は見られなかった。
もう一度振り返ってみよう。今回の研究の介入は、
• 常連客に対して理髪店で血圧の測定が行われた
• 理髪師が店内で薬剤師を紹介した
• 薬剤師がその場で(理髪店で)血圧を管理した
というものである。
常連客にとって、行きつけの理髪店は信頼できる場所であり、店主は信頼できる人物である。
さらに、薬剤師が理髪店に常駐しており、担当医師と「相談」はするものの、直接薬剤を処方し、変更することができる。
お気付きいただけただろうか?
このループの中にはその地域の信頼できる人や場所が含まれていて、そこに薬剤師が入っていったというものであり、医師による直接介入は入っていない。
これまで医療の提供は、当たり前ではあるが、医院や病院で行われてきた。
極論かもしれないが、医師は患者さんが来るのを待っていればそれでよかった。
今回示されたのは、単に「床屋に行ったら血圧がよくなった」ということではなく、医師を直接介さない新しい医療提供モデルが(受け身の)従来型のモデルよりも有効であるということなのではないかと考えられる。
その地域あるいは社会の中で信頼されている人物(この研究では床屋さん)にアドバイスを送ってもらい、すかさず医師でない医療関係者(この研究では薬剤師)がプロフェッショナルな介入を行うというモデルはさまざまな慢性疾患に応用できる可能性を秘めている。
私はこう考える②:今後の医療提供はどのように?
患者が来るのを待つばかりではなく、いつも患者がいる場所で患者に会うことが「より有効」な医療介入の手段になるということが示されたが、ここにはさまざまな課題も存在する。
誰が非医療者のトレーニングを行い、誰が薬剤師の介入に対する支払いを行い、そして誰が最終的な責任を取るのか?
ただ、従来型の医療の提供が限界に来ていることは日々入ってくるニュースからも明らかであり、わが国ではそこに人工知能(AI)を介入させたり、あるいは遠隔医療の仕組みを整えて乗り切る方向に舵を切っている(ように筆者には思える)。
しかし、今回の研究の結果を見てみると、医療提供のあるべき姿というのは、意外と身近なところに存在するのではないかと気付かされる。
自分としては、従来からの医療の「枠」を広げることで、より良い医療を提供し、さらに医師側の負担を軽減することができる、ということなのであれば積極的にその可能性を探索していってもよいように思われる。
「MedicalTribune 」による
えっ、ホント!? がん+脳卒中のダブルパンチ [医学・医療短信]
がん診断後30日間は脳卒中とTIAリスク高い
がんの診断から30日以内は脳血管イベント〔脳卒中または一過性脳虚血発作(TIA)〕を起こすリスクが高いと、米国のグループが「Neurology(神経学)」に発表した。
同グループは、2003~07年の登録時に少なくとも1年前からメディケアに加入し、がんまたは脳血管イベントの既往がない45歳以上の6,602例を2014年まで追跡。
追跡中のがんの新規診断と脳血管イベント(脳梗塞または脳出血、TIA)との関係を検討した。
追跡中に1,149例が新たにがんと診断された。
非がんの対照に比べて、がんと診断された患者はその後30日以内の脳血管イベントの発生リスクが極めて高かった(ハザード比6.1)。
ハザード比(HR)=臨床試験などで使用する相対的な危険度を客観的に比較する方法。ハザード比が1を超えている場合は、死亡や病状進行のリスクが対照群に比べて~%高くなる。HR=1.05なら、5%のリスク上昇。
この関係は人口統計学的変数、居住地、血管危険因子を調整後も有意であった(同6.6)。
がんの診断と31日以降の脳血管イベントとの関係は認められなかった。
がんの診断から30日以内は脳血管イベント〔脳卒中または一過性脳虚血発作(TIA)〕を起こすリスクが高いと、米国のグループが「Neurology(神経学)」に発表した。
同グループは、2003~07年の登録時に少なくとも1年前からメディケアに加入し、がんまたは脳血管イベントの既往がない45歳以上の6,602例を2014年まで追跡。
追跡中のがんの新規診断と脳血管イベント(脳梗塞または脳出血、TIA)との関係を検討した。
追跡中に1,149例が新たにがんと診断された。
非がんの対照に比べて、がんと診断された患者はその後30日以内の脳血管イベントの発生リスクが極めて高かった(ハザード比6.1)。
ハザード比(HR)=臨床試験などで使用する相対的な危険度を客観的に比較する方法。ハザード比が1を超えている場合は、死亡や病状進行のリスクが対照群に比べて~%高くなる。HR=1.05なら、5%のリスク上昇。
この関係は人口統計学的変数、居住地、血管危険因子を調整後も有意であった(同6.6)。
がんの診断と31日以降の脳血管イベントとの関係は認められなかった。
心臓を長持ちさせよう [医学・医療短信]
心臓を長持ちさせる秘訣って、なに?
坂田泰史(大阪大学大学院医学系研究科 循環器内科学 教授)
一生休むことなく打ち続ける心臓をいかに長持ちさせるかは大きな課題です。
そのためにも、心臓病がどのような病気なのか、どうやって起こるのかを知って、どうすれば長持ちできるのかを考えてみましょう。
2018年3月に大阪で行われた第82回日本循環器学会市民公開講座(共催:日本心臓財団、協賛:第一三共株式会社)で行われた坂田泰史先生(大阪大学大学院医学系研究科 循環器内科学 教授)の講演から、あなたにもできる“秘訣をご紹介します。
■心臓を長持ちさせるためにも、まず病気を知ることから
心臓は一生にどのくらい打ち続けるかご存じですか。
90歳まで生きるとすると、1分間に70回として、70回×60分×24時間×365日×90年で、ざっと33億回です。
こうした心臓をどのように長持ちさせるかは、大変重要な問題です。
中国の思想家、孫子は「彼を知りて己を知れば、百戦して危うからず」という言葉を残しています。
相手のことが分かり、自分のことも分かれば、100回戦っても負けないという意味です。
同様に、病気も戦いであり、病気のことを知ると心臓を長持ちさせる秘訣も分かるはずです。
そもそも心臓の病気は、病態によって二つに集約されます。
一つは「心不全」で、全身に血液を送る心臓のポンプとしてのはたらきが何らかの原因で悪くなり、息苦しくなったりむくんだりします。
もう一つは「突然死」です。
生物はみな死ぬとはいえ、予期せぬ死は避けたいものです。
われわれ循環器医の使命は、こうした心臓病を治療・予防することだと考えています。
心臓病はどのように進行していくのか、われわれはステージ分類を用いて、軽いほうからステージA、B、C、Dと表現します。
ステージが進むにつれて、突然死の可能性も高まると考えられます。
ステージAは高いリスクを抱えている方で、心機能が悪くなり始めていますが、まだ症状は出ていません。
心臓のポンプ機能はリスクとともに悪化しますが(ステージB)、心臓は何とかして症状を起こさせないよう頑張ります。
しかし、ポンプ機能の異常が進み、心不全の症状が現れ(ステージC)、さらに進行すると治療が難しい状況になります(ステージD)。
まずは、ステージBとCに絞って秘訣を考えてみます。
■心不全の悪循環の原因は「頑張れ」ホルモン!?
心不全はがどのように起きるのか。
心臓のポンプ機能が低下すると、心臓から送り出される血液の量(心拍出量)が低下します。
そうなるとそれを受け取る臓器(脳、肺、腎臓、肝臓、筋肉など)の血流も低下して、血のめぐりが悪くなり、血圧も下がってしまいます。
人間はある程度の血圧を維持しなければ、頭にも体にも血液が行き届かず、危険な状況になります。
そうした状況になると、レニン・アンジオテンシン系や交感神経系が亢進します。
分かりやすくいえば、身体の中で「頑張れ」ホルモンが出てきます。
この「頑張れ」ホルモンによって、体は水分をため込み(水分貯留)、血液量を増やそうとします。
また、血圧を上げるために、血管を締めて圧力を上げようとします(抹消血管収縮)。
心臓は筋肉モリモリ、いわゆる「心肥大」の状態になって頑張ります。
しかし、弱ってポンプ機能の低下している心臓にとって、たくさんの血液を処理したり、圧力が高いところに押し込んだりするのは、重労働です。
さらに、心臓が肥大化すると、たくさんの酸素が必要になります。
こうした状況になるとポンプ機能がさらに悪くなり、心拍出量が低下、また「頑張れ」ホルモンが出るという悪循環に陥ります。
「頑張れ」ホルモンが出るのには理由があります。
われわれ人類の祖先はアフリカで誕生したわけですが、進化の過程で海から陸に上がったわれわれにとって、陸上でも塩分を確保することは大きな問題でした。
そこで、人間の体には陸上でも生きていくためのシステムが備わり、大出血を起こしたり、塩分不足の状況になったりすると、自動的にこの「頑張れ」ホルモンが出てくるようになっています。
このお陰で、われわれは三百何十万年のときを越えて、現在に至っています。
しかし、現代社会でこうした状況は少なく、「頑張れ」ホルモンはむしろ心不全の悪循環の要因になってしましました。
そのため、心不全の状態になっても、「ホルモンはそんなに頑張らなくていい」ということを、薬によって体に教えてあげる必要があります。
「頑張れ」ホルモンは、正式には「レニン・アンジオテンシン系」や「交感神経系」といいますが、レニン・アンジオテンシン系を抑える薬としてアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)、交感神経系を抑える薬としてベータ遮断薬(β遮断薬)があり、これらを服用することで、心不全の状況になった心臓でも、長持ちすることが明らかになっています。
心機能が悪くなり、息切れやむくみなどの心不全の症状が出てきたら、早めに病院に行き、こうした薬できちんと治療することが大切なのです。
■心臓病とさまざまなリスクをつなぐキーワードは「慢性炎症」
心不全になる前、ポンプ機能が低下する前の段階(ステージA)で、何ができるか考えるのも重要です。
心臓のポンプ機能に影響するパーツ(因子)は、大きく分けて四つあります。
心臓に血を届ける「冠動脈」、心臓を規則正しく動かすための「刺激伝導系」、心臓を四つ部屋に分ける「弁・構造」、心臓の筋肉である「心筋」です。
ここでは、心筋の病気を除く三つのパーツで、どんな病気があるか、それらをどう防いでいくかをご説明します。
・冠動脈……心臓の筋肉に不可欠である酸素と栄養を供給している血管(冠動脈)に動脈硬化が起こると、酸素や栄養が行き届かず、狭心症や心筋梗塞の原因となります。
・刺激伝導系……心臓にはリズミカルな収縮が必要ですが、心房細動という不整脈になると、心臓の上の部屋がブルブル震え、心電図が不定期に乱れます。
心房細動は脳梗塞の大きな要因となるほか、心臓の動きを乱すという意味でも、一つの病気といえます。
・弁・構造……最近、多いのが、大動脈弁狭窄症などの弁の病気です。
大動脈弁に動脈硬化も含めて石灰化が起きると、弁が硬く狭くなり、心臓のポンプ機能にも影響します。
これらの病気には、どのような危険因子が関係しているのか。一番大きな因子は年齢ですが、これは受け入れるしかありません。
ただ、年齢に高血圧、脂質異常症、糖尿病などが重なるにつれ、心臓病のリスクも上がっていくことが分かっています。
つまり、これらをきちんとコントロールすることが、ポンプ機能を長持ちさせる秘訣といえます。
現代医学では、メタボリックシンドローム、生活習慣病、年齢といったリスクが、これらの病気にどうつながっていくか、そこに何が介在しているか、明らかになってきました。
キーワードは「慢性炎症」です。
炎症とは、身体の組織が刺激に反応して起こる症状です。
年齢が上がると、炎症は体中にある程度蓄積されますが、糖尿病や高血圧があると、炎症がさらに増えます。
とくに喫煙は、炎症を起こし、増悪させることが分かっています。
もう一つ問題なのが「慢性」という言葉です。一時的な炎症なら、そこだけ治療すればよいのですが、慢性炎症はいろいろなところに少しずつ炎症が起こり、そこだけ治療することはできません。
だからこそ、食事療法や運動療法、禁煙などの日々の生活改善が重要になります。
このように、心臓を長持ちさせる秘訣といっても、魔法や近道はありません。
ふだんから食事や運動といった生活習慣を是正し、少しでも心臓が悪くなってきたと思ったら、早めに受診して、きちんと治療することが大切です。
前記の薬は、副作用も少なく、経済的な負担も比較的少ないため、こうした薬の力も借りて、心臓を長持ちさせていくことが重要だと思います。
まとめ
・心臓病の病態は、大きく分けて「心不全」と「予期せぬ突然死」の二つ。
・心不全の治療では、レニン・アンジオテンシン系や交感神経系を抑えることが重要。
・心臓を長持ちさせる秘訣は、食事療法、運動療法による生活習慣の是正と早めの受診
坂田泰史(大阪大学大学院医学系研究科 循環器内科学 教授)
一生休むことなく打ち続ける心臓をいかに長持ちさせるかは大きな課題です。
そのためにも、心臓病がどのような病気なのか、どうやって起こるのかを知って、どうすれば長持ちできるのかを考えてみましょう。
2018年3月に大阪で行われた第82回日本循環器学会市民公開講座(共催:日本心臓財団、協賛:第一三共株式会社)で行われた坂田泰史先生(大阪大学大学院医学系研究科 循環器内科学 教授)の講演から、あなたにもできる“秘訣をご紹介します。
■心臓を長持ちさせるためにも、まず病気を知ることから
心臓は一生にどのくらい打ち続けるかご存じですか。
90歳まで生きるとすると、1分間に70回として、70回×60分×24時間×365日×90年で、ざっと33億回です。
こうした心臓をどのように長持ちさせるかは、大変重要な問題です。
中国の思想家、孫子は「彼を知りて己を知れば、百戦して危うからず」という言葉を残しています。
相手のことが分かり、自分のことも分かれば、100回戦っても負けないという意味です。
同様に、病気も戦いであり、病気のことを知ると心臓を長持ちさせる秘訣も分かるはずです。
そもそも心臓の病気は、病態によって二つに集約されます。
一つは「心不全」で、全身に血液を送る心臓のポンプとしてのはたらきが何らかの原因で悪くなり、息苦しくなったりむくんだりします。
もう一つは「突然死」です。
生物はみな死ぬとはいえ、予期せぬ死は避けたいものです。
われわれ循環器医の使命は、こうした心臓病を治療・予防することだと考えています。
心臓病はどのように進行していくのか、われわれはステージ分類を用いて、軽いほうからステージA、B、C、Dと表現します。
ステージが進むにつれて、突然死の可能性も高まると考えられます。
ステージAは高いリスクを抱えている方で、心機能が悪くなり始めていますが、まだ症状は出ていません。
心臓のポンプ機能はリスクとともに悪化しますが(ステージB)、心臓は何とかして症状を起こさせないよう頑張ります。
しかし、ポンプ機能の異常が進み、心不全の症状が現れ(ステージC)、さらに進行すると治療が難しい状況になります(ステージD)。
まずは、ステージBとCに絞って秘訣を考えてみます。
■心不全の悪循環の原因は「頑張れ」ホルモン!?
心不全はがどのように起きるのか。
心臓のポンプ機能が低下すると、心臓から送り出される血液の量(心拍出量)が低下します。
そうなるとそれを受け取る臓器(脳、肺、腎臓、肝臓、筋肉など)の血流も低下して、血のめぐりが悪くなり、血圧も下がってしまいます。
人間はある程度の血圧を維持しなければ、頭にも体にも血液が行き届かず、危険な状況になります。
そうした状況になると、レニン・アンジオテンシン系や交感神経系が亢進します。
分かりやすくいえば、身体の中で「頑張れ」ホルモンが出てきます。
この「頑張れ」ホルモンによって、体は水分をため込み(水分貯留)、血液量を増やそうとします。
また、血圧を上げるために、血管を締めて圧力を上げようとします(抹消血管収縮)。
心臓は筋肉モリモリ、いわゆる「心肥大」の状態になって頑張ります。
しかし、弱ってポンプ機能の低下している心臓にとって、たくさんの血液を処理したり、圧力が高いところに押し込んだりするのは、重労働です。
さらに、心臓が肥大化すると、たくさんの酸素が必要になります。
こうした状況になるとポンプ機能がさらに悪くなり、心拍出量が低下、また「頑張れ」ホルモンが出るという悪循環に陥ります。
「頑張れ」ホルモンが出るのには理由があります。
われわれ人類の祖先はアフリカで誕生したわけですが、進化の過程で海から陸に上がったわれわれにとって、陸上でも塩分を確保することは大きな問題でした。
そこで、人間の体には陸上でも生きていくためのシステムが備わり、大出血を起こしたり、塩分不足の状況になったりすると、自動的にこの「頑張れ」ホルモンが出てくるようになっています。
このお陰で、われわれは三百何十万年のときを越えて、現在に至っています。
しかし、現代社会でこうした状況は少なく、「頑張れ」ホルモンはむしろ心不全の悪循環の要因になってしましました。
そのため、心不全の状態になっても、「ホルモンはそんなに頑張らなくていい」ということを、薬によって体に教えてあげる必要があります。
「頑張れ」ホルモンは、正式には「レニン・アンジオテンシン系」や「交感神経系」といいますが、レニン・アンジオテンシン系を抑える薬としてアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)、交感神経系を抑える薬としてベータ遮断薬(β遮断薬)があり、これらを服用することで、心不全の状況になった心臓でも、長持ちすることが明らかになっています。
心機能が悪くなり、息切れやむくみなどの心不全の症状が出てきたら、早めに病院に行き、こうした薬できちんと治療することが大切なのです。
■心臓病とさまざまなリスクをつなぐキーワードは「慢性炎症」
心不全になる前、ポンプ機能が低下する前の段階(ステージA)で、何ができるか考えるのも重要です。
心臓のポンプ機能に影響するパーツ(因子)は、大きく分けて四つあります。
心臓に血を届ける「冠動脈」、心臓を規則正しく動かすための「刺激伝導系」、心臓を四つ部屋に分ける「弁・構造」、心臓の筋肉である「心筋」です。
ここでは、心筋の病気を除く三つのパーツで、どんな病気があるか、それらをどう防いでいくかをご説明します。
・冠動脈……心臓の筋肉に不可欠である酸素と栄養を供給している血管(冠動脈)に動脈硬化が起こると、酸素や栄養が行き届かず、狭心症や心筋梗塞の原因となります。
・刺激伝導系……心臓にはリズミカルな収縮が必要ですが、心房細動という不整脈になると、心臓の上の部屋がブルブル震え、心電図が不定期に乱れます。
心房細動は脳梗塞の大きな要因となるほか、心臓の動きを乱すという意味でも、一つの病気といえます。
・弁・構造……最近、多いのが、大動脈弁狭窄症などの弁の病気です。
大動脈弁に動脈硬化も含めて石灰化が起きると、弁が硬く狭くなり、心臓のポンプ機能にも影響します。
これらの病気には、どのような危険因子が関係しているのか。一番大きな因子は年齢ですが、これは受け入れるしかありません。
ただ、年齢に高血圧、脂質異常症、糖尿病などが重なるにつれ、心臓病のリスクも上がっていくことが分かっています。
つまり、これらをきちんとコントロールすることが、ポンプ機能を長持ちさせる秘訣といえます。
現代医学では、メタボリックシンドローム、生活習慣病、年齢といったリスクが、これらの病気にどうつながっていくか、そこに何が介在しているか、明らかになってきました。
キーワードは「慢性炎症」です。
炎症とは、身体の組織が刺激に反応して起こる症状です。
年齢が上がると、炎症は体中にある程度蓄積されますが、糖尿病や高血圧があると、炎症がさらに増えます。
とくに喫煙は、炎症を起こし、増悪させることが分かっています。
もう一つ問題なのが「慢性」という言葉です。一時的な炎症なら、そこだけ治療すればよいのですが、慢性炎症はいろいろなところに少しずつ炎症が起こり、そこだけ治療することはできません。
だからこそ、食事療法や運動療法、禁煙などの日々の生活改善が重要になります。
このように、心臓を長持ちさせる秘訣といっても、魔法や近道はありません。
ふだんから食事や運動といった生活習慣を是正し、少しでも心臓が悪くなってきたと思ったら、早めに受診して、きちんと治療することが大切です。
前記の薬は、副作用も少なく、経済的な負担も比較的少ないため、こうした薬の力も借りて、心臓を長持ちさせていくことが重要だと思います。
まとめ
・心臓病の病態は、大きく分けて「心不全」と「予期せぬ突然死」の二つ。
・心不全の治療では、レニン・アンジオテンシン系や交感神経系を抑えることが重要。
・心臓を長持ちさせる秘訣は、食事療法、運動療法による生活習慣の是正と早めの受診
「皮膚自己チェック」 [医学・医療短信]
「皮膚自己チェック」でわかるあなたの心と体の調子
丁宗鐵 / 日本薬科大学学長
サプリメントの宣伝を見て、体によい成分と思ってすぐに試していませんか。
サプリメントは食品なので手軽に購入できます。
でも、自分の体質が実証か虚証なのか、体質に合っているのかくらいは、考えなくてはいけません。
簡単にいうと、虚証は本来の生命力が弱まって体の機能が低下した状態=「虚弱な人が不健康になった状態」、
実証は有害物によって体の機能が阻害された状態=「壮健な人が不健康になった状態」です。
同じ“疲れ”という症状があっても、虚証と実証では捉え方が違ってきます。
予備知識もなく宣伝のまま摂取していると、病気だった場合、肝心の治療の機会を逃すリスクもあります。
分かっているようで意外に知らないのが自分の健康です。
そこで、セルフチェックのための指標がないか考えてみました。服の色や顔色、皮膚の状態からその人の健康状態が 分かることがあります。
観相家が見ているのは顔だけではない
よく脈や舌を診ただけで、健康状態や病気が分ると言う人がいますが、日本の漢方の立場は違います。
全身を診察することが医療の本当のあり方と考えます。
仮に脈を診て99%分かったとしても、残り1%を見極めることで診断の精度が上がるからです。
人相を鑑定する観相家も、顔だけを見ているのではありません。
よく当たると言われる観相家は、歩いている様子からその人を見ています。
うつむいてとぼとぼと歩いて来たら、何か悩みを抱えていそうだとピンときます。
漢方もそれと似たところがあります。診察前から、すでに患者さんの診察は始まっているのです。
その時に非常に大事なのが服の色です。昔の漢方医は、色をとても重要視しました。
初対面の人や大切な人に会う時、負けられない場所に着ていく服を「勝負服」と呼んだりしますが、初診時の患者さんの服装にも当てはまります。
特に女性の場合、ほとんどの人は、自分で服を選びます。
その人の心が服の色を選んでいるので、それを見れば心の状況が予想できるのです。
中高年の男性の中には毎朝自分で服を選ばず、奥さんが用意した服で出勤する人がいるでしょう。
私もそうです。みなさんあまり意識していないかもしれませんが、好きな色には、自分も気づいていない心の中が表れます。
私はモスグリーンがお気に入りで、この色の服を着ると落ち着きます。
ほっとした気持ちになるからでしょう。
顔色からも分かる病気の特徴
漢方には、四診<望診、聞診、問診、切診>と呼ばれる四つの診察法があります。
そのうち望診は、目で全身を診察すること。患者さんの服の色を見るのもそのためです。
また、顔や体の表面には体の異常が表れやすく、顔色や皮膚の状態もよく診ます。
顔色から分かる病気としては、黄疸や貧血が代表的です。急性肝炎による黄疸は、白目の部分や顔色が黄色っぽくなります。
肝臓に病気がある人は、顔色が黒っぽくなることもあります。
貧血の人の顔色は、青白いというよりは黄色がかったように見えます。
これは血色が失われるためです。また、低血圧の人は顔色が青白く見えます。
低血圧と貧血はよく混同されますが別の病気であり、顔色の特徴もやや違います。
皮膚の状態も自己チェックしよう
皮膚の症状の程度や原因は人によってさまざま。
例えば、女性に多いニキビは、
▽ニキビの赤みが弱く顔色がすぐれない タイプ
▽ニキビや皮膚の色が赤黒くなって炎症を起こすタイプ
▽皮膚が乾燥しやすいタイプ
▽化膿しやすいタイプ
-- などがあります。
肌荒れは、皮膚の乾燥以外に何らかの内臓疾患で起きる場合があります。
しみは、加齢や紫外線だけでなく、ホルモンが関係している肝斑は、妊娠や更年期などが原因になります。
しわは、自然にできるものと局所的にできるものがあり、 亀裂は皮膚が切れて切れ目ができた状態です。手のひらや足のうらにできやすく、皮膚疾患の症状としても表れます。
皮膚の症状は美容の観点から気にする人が多く、化粧品で対処していることがあります。
しかし、刺激を与えてかえって悪化することがあるので、注意してください。
症状によっては医師に診てもらった方がいい場合もあります。
服の色や何気なく選んでいる色に、自分でも気づいていない心の中が表れます。
顔色や皮膚の状態は、体の中の異変を知らせているかもしれません。
顔、手のひら、足のうらは、特に皮膚の代謝が著しい部位です。
目や鏡で見てチェックし、自分の健康状態を知る手掛かりにしてみてはいかがでしょうか。【聞き手=医療ライター・阿部厚香】
「毎日新聞 医療プレミア」による
丁宗鐵 / 日本薬科大学学長
サプリメントの宣伝を見て、体によい成分と思ってすぐに試していませんか。
サプリメントは食品なので手軽に購入できます。
でも、自分の体質が実証か虚証なのか、体質に合っているのかくらいは、考えなくてはいけません。
簡単にいうと、虚証は本来の生命力が弱まって体の機能が低下した状態=「虚弱な人が不健康になった状態」、
実証は有害物によって体の機能が阻害された状態=「壮健な人が不健康になった状態」です。
同じ“疲れ”という症状があっても、虚証と実証では捉え方が違ってきます。
予備知識もなく宣伝のまま摂取していると、病気だった場合、肝心の治療の機会を逃すリスクもあります。
分かっているようで意外に知らないのが自分の健康です。
そこで、セルフチェックのための指標がないか考えてみました。服の色や顔色、皮膚の状態からその人の健康状態が 分かることがあります。
観相家が見ているのは顔だけではない
よく脈や舌を診ただけで、健康状態や病気が分ると言う人がいますが、日本の漢方の立場は違います。
全身を診察することが医療の本当のあり方と考えます。
仮に脈を診て99%分かったとしても、残り1%を見極めることで診断の精度が上がるからです。
人相を鑑定する観相家も、顔だけを見ているのではありません。
よく当たると言われる観相家は、歩いている様子からその人を見ています。
うつむいてとぼとぼと歩いて来たら、何か悩みを抱えていそうだとピンときます。
漢方もそれと似たところがあります。診察前から、すでに患者さんの診察は始まっているのです。
その時に非常に大事なのが服の色です。昔の漢方医は、色をとても重要視しました。
初対面の人や大切な人に会う時、負けられない場所に着ていく服を「勝負服」と呼んだりしますが、初診時の患者さんの服装にも当てはまります。
特に女性の場合、ほとんどの人は、自分で服を選びます。
その人の心が服の色を選んでいるので、それを見れば心の状況が予想できるのです。
中高年の男性の中には毎朝自分で服を選ばず、奥さんが用意した服で出勤する人がいるでしょう。
私もそうです。みなさんあまり意識していないかもしれませんが、好きな色には、自分も気づいていない心の中が表れます。
私はモスグリーンがお気に入りで、この色の服を着ると落ち着きます。
ほっとした気持ちになるからでしょう。
顔色からも分かる病気の特徴
漢方には、四診<望診、聞診、問診、切診>と呼ばれる四つの診察法があります。
そのうち望診は、目で全身を診察すること。患者さんの服の色を見るのもそのためです。
また、顔や体の表面には体の異常が表れやすく、顔色や皮膚の状態もよく診ます。
顔色から分かる病気としては、黄疸や貧血が代表的です。急性肝炎による黄疸は、白目の部分や顔色が黄色っぽくなります。
肝臓に病気がある人は、顔色が黒っぽくなることもあります。
貧血の人の顔色は、青白いというよりは黄色がかったように見えます。
これは血色が失われるためです。また、低血圧の人は顔色が青白く見えます。
低血圧と貧血はよく混同されますが別の病気であり、顔色の特徴もやや違います。
皮膚の状態も自己チェックしよう
皮膚の症状の程度や原因は人によってさまざま。
例えば、女性に多いニキビは、
▽ニキビの赤みが弱く顔色がすぐれない タイプ
▽ニキビや皮膚の色が赤黒くなって炎症を起こすタイプ
▽皮膚が乾燥しやすいタイプ
▽化膿しやすいタイプ
-- などがあります。
肌荒れは、皮膚の乾燥以外に何らかの内臓疾患で起きる場合があります。
しみは、加齢や紫外線だけでなく、ホルモンが関係している肝斑は、妊娠や更年期などが原因になります。
しわは、自然にできるものと局所的にできるものがあり、 亀裂は皮膚が切れて切れ目ができた状態です。手のひらや足のうらにできやすく、皮膚疾患の症状としても表れます。
皮膚の症状は美容の観点から気にする人が多く、化粧品で対処していることがあります。
しかし、刺激を与えてかえって悪化することがあるので、注意してください。
症状によっては医師に診てもらった方がいい場合もあります。
服の色や何気なく選んでいる色に、自分でも気づいていない心の中が表れます。
顔色や皮膚の状態は、体の中の異変を知らせているかもしれません。
顔、手のひら、足のうらは、特に皮膚の代謝が著しい部位です。
目や鏡で見てチェックし、自分の健康状態を知る手掛かりにしてみてはいかがでしょうか。【聞き手=医療ライター・阿部厚香】
「毎日新聞 医療プレミア」による
ハト 、危険! 妊婦さんご注意。 [健康短信]
本当はキケンな公園のハト 特に妊婦は要注意
谷口恭 / 太融寺町谷口医院院長
知っていますか? 意外に多い動物からうつる病気
「ハトが嫌い」という人も、公衆の面前で堂々と宣言するのは抵抗があるのではないでしょうか。
なにしろ、ハトは「平和の象徴」と考えられています。
ですから、ピカソが手掛けた1949年の第1回平和擁護世界大会(World Congress of Partisans of Peace)のポスターには一羽のハトが描かれていますし、たばこの「ピース」のパッケージもハトです。
また、ハトが優秀なのも事実で、伝書バトは1000km以上離れた地点からでも巣に戻ることができると言われています。
これほどまで人間から高い評価を受けているハトですが、感染症の観点からは近づかない方が無難です。
特に妊娠の可能性がある女性は、公園などハトがいるところは避けることを勧めます。
ハトが媒介する、感染してはいけない感染症がいくつかあるからです。
妊婦には特に危険なオウム病
一つは「オウム病」(クラミジア・シッタシ)です。
ヒトに感染するクラミジアは3種類あります。
市中肺炎(健常者が日常生活で感染する肺炎)で多いクラミジア・ニューモニエ(Chlamydia pneumoniae)、オウムやインコ、ハトなどから感染するクラミジア・シッタシ(Chlamydia psittaci)、性行為で感染するクラミジア・トラコマティス(Chlamydia trachomatis)です(クラミジア・ニューモニエとシッタシは、「クラミドフィラ」と呼ぶべきなのですが、いずれも「クラミジア」として知られています)。
オウム病は2017年に立て続けに妊婦さんが亡くなったことで注目を浴びました。
このときに、鳥に注意せよ、ということが言われるようになり、インコやオウムなど飼育している鳥だけでなく、公園にいるハトにも注意すべきであることが指摘されました。
トキソプラズマも感染の可能性
そして、ハトから感染するのはオウム病だけではありません。
猫が媒介するトキソプラズマにも注意が必要です。
ハトのフンにトキソプラズマが混入しているわけではありませんが、野生のハトはトキソプラズマに高率で感染していることが知られており、またトキソプラズマで死ぬハトの報告もあることから、くちばしでつつかれたり、爪でひっかかれたりすれば感染の可能性が否定できない、と思われます。
また、猫のフンに含まれるトキソプラズマは、数カ月もの間、土や水のなかで生き延びますから、これがハトの足やくちばしに付着している可能性もあるでしょう。
猫のフンと一緒に排出されるトキソプラズマはハトのフンには含まれていません。
ですが、ハトのフンに注意しなければならない感染症もあります。
代表的なのがクリプトコッカス(Cryptococcus neoformans)とヒストプラズマ(Histoplasma capsulatum)で、感染率を検証したベネズエラの研究では、ハトのフンからそれぞれ1.4%、1.3%検出されています。
クリプトコッカス…治療は可能だがリスクも
ここからはクリプトコッカスの話をします。
クリプトコッカスは真菌(カビ)の一種です。
言葉を省略するのが得意な日本人は医療者も含めて病原体を略して呼ぶことがあります。
マイコプラズマなら「マイコ」、トキソプラズマは「トキソ」、インフルエンザは「インフル」……といった感じです。
ですが、クリプトコッカスは決して「クリプト」とは呼ばれません。
なぜなら、似たような名前の感染症に「クリプトスポリジウム」があるからです。
もしも、クリプトコッカスのことをクリプトなどと呼べば、それだけで無知な医療者と思われてしまうのです。
クリプトコッカスは、免疫能が正常な人の多くは体内に入っても感染が成立しません。
問題なのはHIV陽性者など免疫能が低下している人で、感染すると全身に波及し、脳が障害されることがあります。
実際、クリプトコッカスはエイズ指標23疾患のひとつです(ややこしいことに、クリプトスポリジウムも23疾患のひとつです)。
クリプトコッカスが脳にまで及ぶと認知障害や人格変化が起こり、治療開始が遅れれば死に至ることもあります。
免疫不全者に感染しやすくて、重症化すると脳が障害されて人格変化まで起こるとなると、トキソプラズマにそっくりです。
両者とも認知障害や異常行動などが初めて出る症状であることも多く、症状だけで区別できないこともよくあります。
異なるのは、妊婦さんへの感染です。
トキソプラズマが妊娠中に感染すると生まれてくる赤ちゃんに奇形のリスクがありますが、クリプトコッカスにはありません。
ですが、健常者といえども、感染し重症化することもないわけではありませんから、やはり妊娠中にはハトに近づかないのが無難です。
クリプトコッカスがやっかいなのは、治療法があるとはいえ、極めて強力で高価な抗真菌薬を比較的長期間使わねばならないということです。
当然、こういった薬を使うときはいくつもの副作用のリスクを負わねばなりません。
健常者には簡単に感染しないとはいえ、いったん感染すると治療に難渋するのです。
HIV陽性者はさらに苦労します。私がタイのエイズ施設でボランティアをしていたとき、抗HIV薬が無料で支給されるようになってからも、クリプトコッカスに有効な抗真菌薬が高価すぎて入手できずに困ったことがあります。
入院中の外出、公園や寺社は避ける
ところで、入院中に病院の近くなら散歩してもいいと言われたとすれば、あなたはどこに行きたいでしょうか。
公園、お寺、神社などが思い浮かばないでしょうか。
ところが、日本全国どこに行ってもたいていこういうところにはハトがいます。
それもたくさんいます。
入院中ということは、手術の後であったり、抗がん剤の治療を受けていたりして免疫能が低下していることも多いわけです。
そんなときにハトのフンが混ざった空気を吸い込んでクリプトコッカスを発症……などということは絶対に避けねばなりません。
ということは、病院の近くの公園、寺、神社からはハトを一掃すべきだ、という声が出てきてもいいと思うのですが、おそらくそういった対策をとっているところはあまりないのではないでしょうか。
であるならば、我々にもできることをしましょう。
ハトにエサを与えない、ということも重要ですが、それよりも大切なのは「ハトがキケン」ということを多くの人に知ってもらうことです。「5分の知識」で命が救えるかもしれないのです。
× × ×
注:今回述べているのはクリプトコッカスの中のCryptococcus neoformansです。
他にCryptococcus gattiiと呼ばれるものにも病原性がありますが、日本での報告はほとんどありません(皆無ではありませんが)ので今回は言及していません。
「毎日新聞 医療プレミア」2018年6月24日による
谷口恭 / 太融寺町谷口医院院長
知っていますか? 意外に多い動物からうつる病気
「ハトが嫌い」という人も、公衆の面前で堂々と宣言するのは抵抗があるのではないでしょうか。
なにしろ、ハトは「平和の象徴」と考えられています。
ですから、ピカソが手掛けた1949年の第1回平和擁護世界大会(World Congress of Partisans of Peace)のポスターには一羽のハトが描かれていますし、たばこの「ピース」のパッケージもハトです。
また、ハトが優秀なのも事実で、伝書バトは1000km以上離れた地点からでも巣に戻ることができると言われています。
これほどまで人間から高い評価を受けているハトですが、感染症の観点からは近づかない方が無難です。
特に妊娠の可能性がある女性は、公園などハトがいるところは避けることを勧めます。
ハトが媒介する、感染してはいけない感染症がいくつかあるからです。
妊婦には特に危険なオウム病
一つは「オウム病」(クラミジア・シッタシ)です。
ヒトに感染するクラミジアは3種類あります。
市中肺炎(健常者が日常生活で感染する肺炎)で多いクラミジア・ニューモニエ(Chlamydia pneumoniae)、オウムやインコ、ハトなどから感染するクラミジア・シッタシ(Chlamydia psittaci)、性行為で感染するクラミジア・トラコマティス(Chlamydia trachomatis)です(クラミジア・ニューモニエとシッタシは、「クラミドフィラ」と呼ぶべきなのですが、いずれも「クラミジア」として知られています)。
オウム病は2017年に立て続けに妊婦さんが亡くなったことで注目を浴びました。
このときに、鳥に注意せよ、ということが言われるようになり、インコやオウムなど飼育している鳥だけでなく、公園にいるハトにも注意すべきであることが指摘されました。
トキソプラズマも感染の可能性
そして、ハトから感染するのはオウム病だけではありません。
猫が媒介するトキソプラズマにも注意が必要です。
ハトのフンにトキソプラズマが混入しているわけではありませんが、野生のハトはトキソプラズマに高率で感染していることが知られており、またトキソプラズマで死ぬハトの報告もあることから、くちばしでつつかれたり、爪でひっかかれたりすれば感染の可能性が否定できない、と思われます。
また、猫のフンに含まれるトキソプラズマは、数カ月もの間、土や水のなかで生き延びますから、これがハトの足やくちばしに付着している可能性もあるでしょう。
猫のフンと一緒に排出されるトキソプラズマはハトのフンには含まれていません。
ですが、ハトのフンに注意しなければならない感染症もあります。
代表的なのがクリプトコッカス(Cryptococcus neoformans)とヒストプラズマ(Histoplasma capsulatum)で、感染率を検証したベネズエラの研究では、ハトのフンからそれぞれ1.4%、1.3%検出されています。
クリプトコッカス…治療は可能だがリスクも
ここからはクリプトコッカスの話をします。
クリプトコッカスは真菌(カビ)の一種です。
言葉を省略するのが得意な日本人は医療者も含めて病原体を略して呼ぶことがあります。
マイコプラズマなら「マイコ」、トキソプラズマは「トキソ」、インフルエンザは「インフル」……といった感じです。
ですが、クリプトコッカスは決して「クリプト」とは呼ばれません。
なぜなら、似たような名前の感染症に「クリプトスポリジウム」があるからです。
もしも、クリプトコッカスのことをクリプトなどと呼べば、それだけで無知な医療者と思われてしまうのです。
クリプトコッカスは、免疫能が正常な人の多くは体内に入っても感染が成立しません。
問題なのはHIV陽性者など免疫能が低下している人で、感染すると全身に波及し、脳が障害されることがあります。
実際、クリプトコッカスはエイズ指標23疾患のひとつです(ややこしいことに、クリプトスポリジウムも23疾患のひとつです)。
クリプトコッカスが脳にまで及ぶと認知障害や人格変化が起こり、治療開始が遅れれば死に至ることもあります。
免疫不全者に感染しやすくて、重症化すると脳が障害されて人格変化まで起こるとなると、トキソプラズマにそっくりです。
両者とも認知障害や異常行動などが初めて出る症状であることも多く、症状だけで区別できないこともよくあります。
異なるのは、妊婦さんへの感染です。
トキソプラズマが妊娠中に感染すると生まれてくる赤ちゃんに奇形のリスクがありますが、クリプトコッカスにはありません。
ですが、健常者といえども、感染し重症化することもないわけではありませんから、やはり妊娠中にはハトに近づかないのが無難です。
クリプトコッカスがやっかいなのは、治療法があるとはいえ、極めて強力で高価な抗真菌薬を比較的長期間使わねばならないということです。
当然、こういった薬を使うときはいくつもの副作用のリスクを負わねばなりません。
健常者には簡単に感染しないとはいえ、いったん感染すると治療に難渋するのです。
HIV陽性者はさらに苦労します。私がタイのエイズ施設でボランティアをしていたとき、抗HIV薬が無料で支給されるようになってからも、クリプトコッカスに有効な抗真菌薬が高価すぎて入手できずに困ったことがあります。
入院中の外出、公園や寺社は避ける
ところで、入院中に病院の近くなら散歩してもいいと言われたとすれば、あなたはどこに行きたいでしょうか。
公園、お寺、神社などが思い浮かばないでしょうか。
ところが、日本全国どこに行ってもたいていこういうところにはハトがいます。
それもたくさんいます。
入院中ということは、手術の後であったり、抗がん剤の治療を受けていたりして免疫能が低下していることも多いわけです。
そんなときにハトのフンが混ざった空気を吸い込んでクリプトコッカスを発症……などということは絶対に避けねばなりません。
ということは、病院の近くの公園、寺、神社からはハトを一掃すべきだ、という声が出てきてもいいと思うのですが、おそらくそういった対策をとっているところはあまりないのではないでしょうか。
であるならば、我々にもできることをしましょう。
ハトにエサを与えない、ということも重要ですが、それよりも大切なのは「ハトがキケン」ということを多くの人に知ってもらうことです。「5分の知識」で命が救えるかもしれないのです。
× × ×
注:今回述べているのはクリプトコッカスの中のCryptococcus neoformansです。
他にCryptococcus gattiiと呼ばれるものにも病原性がありますが、日本での報告はほとんどありません(皆無ではありませんが)ので今回は言及していません。
「毎日新聞 医療プレミア」2018年6月24日による
オッチャン、泳ぐ、大丈夫? [健康小文]
中高年の水泳、注意点
暑い! 暑い! 暑い!
きょうは各地で海開き。
近年、中高年の水泳が盛んだ。
腰痛、ひざ関節症などの治療や再発予防に水泳を勧める医師も多い。
しかし、運動は「薬」と同じ。その人に応じた量と種類を間違えると、危険につながる。
高血圧、心臓病、糖尿病、痛風などを持っている人、肥満し過ぎていたり体調があまりよくない人は、水泳を始める前にぜひ健康診査を受けよう。
関節が弱くなったり変形している人も、整形外科医のチェックやアドバイスを受けるべきだ。
なかには潜水反射といって、顔を水面につけると脈が乱れたり、心拍数が減少する自律神経反射を起こす人もいる。
洗面器の冷水に顔をつけて、脈拍をチェックしてみるとわかる。
泳ぎの種類では、中高年に向くのは、クロールか背泳ぎ。
平泳ぎはまぁまぁだが、バタフライは首、腰、ひざをいためることが多い。
上体をそらせる運動は、しびれ感の原因にもなりやすいようだ。
少しでも疲れたと感じたらすぐ出る。
腹八分目というが、水泳の基準は六分目くらいが適当だ。
注意点を守れば、水泳は、中高年の心身をリフレッシュする好適のスポーツといえる。
暑い! 暑い! 暑い!
きょうは各地で海開き。
近年、中高年の水泳が盛んだ。
腰痛、ひざ関節症などの治療や再発予防に水泳を勧める医師も多い。
しかし、運動は「薬」と同じ。その人に応じた量と種類を間違えると、危険につながる。
高血圧、心臓病、糖尿病、痛風などを持っている人、肥満し過ぎていたり体調があまりよくない人は、水泳を始める前にぜひ健康診査を受けよう。
関節が弱くなったり変形している人も、整形外科医のチェックやアドバイスを受けるべきだ。
なかには潜水反射といって、顔を水面につけると脈が乱れたり、心拍数が減少する自律神経反射を起こす人もいる。
洗面器の冷水に顔をつけて、脈拍をチェックしてみるとわかる。
泳ぎの種類では、中高年に向くのは、クロールか背泳ぎ。
平泳ぎはまぁまぁだが、バタフライは首、腰、ひざをいためることが多い。
上体をそらせる運動は、しびれ感の原因にもなりやすいようだ。
少しでも疲れたと感じたらすぐ出る。
腹八分目というが、水泳の基準は六分目くらいが適当だ。
注意点を守れば、水泳は、中高年の心身をリフレッシュする好適のスポーツといえる。