ハト 、危険! 妊婦さんご注意。 [健康短信]
本当はキケンな公園のハト 特に妊婦は要注意
谷口恭 / 太融寺町谷口医院院長
知っていますか? 意外に多い動物からうつる病気
「ハトが嫌い」という人も、公衆の面前で堂々と宣言するのは抵抗があるのではないでしょうか。
なにしろ、ハトは「平和の象徴」と考えられています。
ですから、ピカソが手掛けた1949年の第1回平和擁護世界大会(World Congress of Partisans of Peace)のポスターには一羽のハトが描かれていますし、たばこの「ピース」のパッケージもハトです。
また、ハトが優秀なのも事実で、伝書バトは1000km以上離れた地点からでも巣に戻ることができると言われています。
これほどまで人間から高い評価を受けているハトですが、感染症の観点からは近づかない方が無難です。
特に妊娠の可能性がある女性は、公園などハトがいるところは避けることを勧めます。
ハトが媒介する、感染してはいけない感染症がいくつかあるからです。
妊婦には特に危険なオウム病
一つは「オウム病」(クラミジア・シッタシ)です。
ヒトに感染するクラミジアは3種類あります。
市中肺炎(健常者が日常生活で感染する肺炎)で多いクラミジア・ニューモニエ(Chlamydia pneumoniae)、オウムやインコ、ハトなどから感染するクラミジア・シッタシ(Chlamydia psittaci)、性行為で感染するクラミジア・トラコマティス(Chlamydia trachomatis)です(クラミジア・ニューモニエとシッタシは、「クラミドフィラ」と呼ぶべきなのですが、いずれも「クラミジア」として知られています)。
オウム病は2017年に立て続けに妊婦さんが亡くなったことで注目を浴びました。
このときに、鳥に注意せよ、ということが言われるようになり、インコやオウムなど飼育している鳥だけでなく、公園にいるハトにも注意すべきであることが指摘されました。
トキソプラズマも感染の可能性
そして、ハトから感染するのはオウム病だけではありません。
猫が媒介するトキソプラズマにも注意が必要です。
ハトのフンにトキソプラズマが混入しているわけではありませんが、野生のハトはトキソプラズマに高率で感染していることが知られており、またトキソプラズマで死ぬハトの報告もあることから、くちばしでつつかれたり、爪でひっかかれたりすれば感染の可能性が否定できない、と思われます。
また、猫のフンに含まれるトキソプラズマは、数カ月もの間、土や水のなかで生き延びますから、これがハトの足やくちばしに付着している可能性もあるでしょう。
猫のフンと一緒に排出されるトキソプラズマはハトのフンには含まれていません。
ですが、ハトのフンに注意しなければならない感染症もあります。
代表的なのがクリプトコッカス(Cryptococcus neoformans)とヒストプラズマ(Histoplasma capsulatum)で、感染率を検証したベネズエラの研究では、ハトのフンからそれぞれ1.4%、1.3%検出されています。
クリプトコッカス…治療は可能だがリスクも
ここからはクリプトコッカスの話をします。
クリプトコッカスは真菌(カビ)の一種です。
言葉を省略するのが得意な日本人は医療者も含めて病原体を略して呼ぶことがあります。
マイコプラズマなら「マイコ」、トキソプラズマは「トキソ」、インフルエンザは「インフル」……といった感じです。
ですが、クリプトコッカスは決して「クリプト」とは呼ばれません。
なぜなら、似たような名前の感染症に「クリプトスポリジウム」があるからです。
もしも、クリプトコッカスのことをクリプトなどと呼べば、それだけで無知な医療者と思われてしまうのです。
クリプトコッカスは、免疫能が正常な人の多くは体内に入っても感染が成立しません。
問題なのはHIV陽性者など免疫能が低下している人で、感染すると全身に波及し、脳が障害されることがあります。
実際、クリプトコッカスはエイズ指標23疾患のひとつです(ややこしいことに、クリプトスポリジウムも23疾患のひとつです)。
クリプトコッカスが脳にまで及ぶと認知障害や人格変化が起こり、治療開始が遅れれば死に至ることもあります。
免疫不全者に感染しやすくて、重症化すると脳が障害されて人格変化まで起こるとなると、トキソプラズマにそっくりです。
両者とも認知障害や異常行動などが初めて出る症状であることも多く、症状だけで区別できないこともよくあります。
異なるのは、妊婦さんへの感染です。
トキソプラズマが妊娠中に感染すると生まれてくる赤ちゃんに奇形のリスクがありますが、クリプトコッカスにはありません。
ですが、健常者といえども、感染し重症化することもないわけではありませんから、やはり妊娠中にはハトに近づかないのが無難です。
クリプトコッカスがやっかいなのは、治療法があるとはいえ、極めて強力で高価な抗真菌薬を比較的長期間使わねばならないということです。
当然、こういった薬を使うときはいくつもの副作用のリスクを負わねばなりません。
健常者には簡単に感染しないとはいえ、いったん感染すると治療に難渋するのです。
HIV陽性者はさらに苦労します。私がタイのエイズ施設でボランティアをしていたとき、抗HIV薬が無料で支給されるようになってからも、クリプトコッカスに有効な抗真菌薬が高価すぎて入手できずに困ったことがあります。
入院中の外出、公園や寺社は避ける
ところで、入院中に病院の近くなら散歩してもいいと言われたとすれば、あなたはどこに行きたいでしょうか。
公園、お寺、神社などが思い浮かばないでしょうか。
ところが、日本全国どこに行ってもたいていこういうところにはハトがいます。
それもたくさんいます。
入院中ということは、手術の後であったり、抗がん剤の治療を受けていたりして免疫能が低下していることも多いわけです。
そんなときにハトのフンが混ざった空気を吸い込んでクリプトコッカスを発症……などということは絶対に避けねばなりません。
ということは、病院の近くの公園、寺、神社からはハトを一掃すべきだ、という声が出てきてもいいと思うのですが、おそらくそういった対策をとっているところはあまりないのではないでしょうか。
であるならば、我々にもできることをしましょう。
ハトにエサを与えない、ということも重要ですが、それよりも大切なのは「ハトがキケン」ということを多くの人に知ってもらうことです。「5分の知識」で命が救えるかもしれないのです。
× × ×
注:今回述べているのはクリプトコッカスの中のCryptococcus neoformansです。
他にCryptococcus gattiiと呼ばれるものにも病原性がありますが、日本での報告はほとんどありません(皆無ではありませんが)ので今回は言及していません。
「毎日新聞 医療プレミア」2018年6月24日による
谷口恭 / 太融寺町谷口医院院長
知っていますか? 意外に多い動物からうつる病気
「ハトが嫌い」という人も、公衆の面前で堂々と宣言するのは抵抗があるのではないでしょうか。
なにしろ、ハトは「平和の象徴」と考えられています。
ですから、ピカソが手掛けた1949年の第1回平和擁護世界大会(World Congress of Partisans of Peace)のポスターには一羽のハトが描かれていますし、たばこの「ピース」のパッケージもハトです。
また、ハトが優秀なのも事実で、伝書バトは1000km以上離れた地点からでも巣に戻ることができると言われています。
これほどまで人間から高い評価を受けているハトですが、感染症の観点からは近づかない方が無難です。
特に妊娠の可能性がある女性は、公園などハトがいるところは避けることを勧めます。
ハトが媒介する、感染してはいけない感染症がいくつかあるからです。
妊婦には特に危険なオウム病
一つは「オウム病」(クラミジア・シッタシ)です。
ヒトに感染するクラミジアは3種類あります。
市中肺炎(健常者が日常生活で感染する肺炎)で多いクラミジア・ニューモニエ(Chlamydia pneumoniae)、オウムやインコ、ハトなどから感染するクラミジア・シッタシ(Chlamydia psittaci)、性行為で感染するクラミジア・トラコマティス(Chlamydia trachomatis)です(クラミジア・ニューモニエとシッタシは、「クラミドフィラ」と呼ぶべきなのですが、いずれも「クラミジア」として知られています)。
オウム病は2017年に立て続けに妊婦さんが亡くなったことで注目を浴びました。
このときに、鳥に注意せよ、ということが言われるようになり、インコやオウムなど飼育している鳥だけでなく、公園にいるハトにも注意すべきであることが指摘されました。
トキソプラズマも感染の可能性
そして、ハトから感染するのはオウム病だけではありません。
猫が媒介するトキソプラズマにも注意が必要です。
ハトのフンにトキソプラズマが混入しているわけではありませんが、野生のハトはトキソプラズマに高率で感染していることが知られており、またトキソプラズマで死ぬハトの報告もあることから、くちばしでつつかれたり、爪でひっかかれたりすれば感染の可能性が否定できない、と思われます。
また、猫のフンに含まれるトキソプラズマは、数カ月もの間、土や水のなかで生き延びますから、これがハトの足やくちばしに付着している可能性もあるでしょう。
猫のフンと一緒に排出されるトキソプラズマはハトのフンには含まれていません。
ですが、ハトのフンに注意しなければならない感染症もあります。
代表的なのがクリプトコッカス(Cryptococcus neoformans)とヒストプラズマ(Histoplasma capsulatum)で、感染率を検証したベネズエラの研究では、ハトのフンからそれぞれ1.4%、1.3%検出されています。
クリプトコッカス…治療は可能だがリスクも
ここからはクリプトコッカスの話をします。
クリプトコッカスは真菌(カビ)の一種です。
言葉を省略するのが得意な日本人は医療者も含めて病原体を略して呼ぶことがあります。
マイコプラズマなら「マイコ」、トキソプラズマは「トキソ」、インフルエンザは「インフル」……といった感じです。
ですが、クリプトコッカスは決して「クリプト」とは呼ばれません。
なぜなら、似たような名前の感染症に「クリプトスポリジウム」があるからです。
もしも、クリプトコッカスのことをクリプトなどと呼べば、それだけで無知な医療者と思われてしまうのです。
クリプトコッカスは、免疫能が正常な人の多くは体内に入っても感染が成立しません。
問題なのはHIV陽性者など免疫能が低下している人で、感染すると全身に波及し、脳が障害されることがあります。
実際、クリプトコッカスはエイズ指標23疾患のひとつです(ややこしいことに、クリプトスポリジウムも23疾患のひとつです)。
クリプトコッカスが脳にまで及ぶと認知障害や人格変化が起こり、治療開始が遅れれば死に至ることもあります。
免疫不全者に感染しやすくて、重症化すると脳が障害されて人格変化まで起こるとなると、トキソプラズマにそっくりです。
両者とも認知障害や異常行動などが初めて出る症状であることも多く、症状だけで区別できないこともよくあります。
異なるのは、妊婦さんへの感染です。
トキソプラズマが妊娠中に感染すると生まれてくる赤ちゃんに奇形のリスクがありますが、クリプトコッカスにはありません。
ですが、健常者といえども、感染し重症化することもないわけではありませんから、やはり妊娠中にはハトに近づかないのが無難です。
クリプトコッカスがやっかいなのは、治療法があるとはいえ、極めて強力で高価な抗真菌薬を比較的長期間使わねばならないということです。
当然、こういった薬を使うときはいくつもの副作用のリスクを負わねばなりません。
健常者には簡単に感染しないとはいえ、いったん感染すると治療に難渋するのです。
HIV陽性者はさらに苦労します。私がタイのエイズ施設でボランティアをしていたとき、抗HIV薬が無料で支給されるようになってからも、クリプトコッカスに有効な抗真菌薬が高価すぎて入手できずに困ったことがあります。
入院中の外出、公園や寺社は避ける
ところで、入院中に病院の近くなら散歩してもいいと言われたとすれば、あなたはどこに行きたいでしょうか。
公園、お寺、神社などが思い浮かばないでしょうか。
ところが、日本全国どこに行ってもたいていこういうところにはハトがいます。
それもたくさんいます。
入院中ということは、手術の後であったり、抗がん剤の治療を受けていたりして免疫能が低下していることも多いわけです。
そんなときにハトのフンが混ざった空気を吸い込んでクリプトコッカスを発症……などということは絶対に避けねばなりません。
ということは、病院の近くの公園、寺、神社からはハトを一掃すべきだ、という声が出てきてもいいと思うのですが、おそらくそういった対策をとっているところはあまりないのではないでしょうか。
であるならば、我々にもできることをしましょう。
ハトにエサを与えない、ということも重要ですが、それよりも大切なのは「ハトがキケン」ということを多くの人に知ってもらうことです。「5分の知識」で命が救えるかもしれないのです。
× × ×
注:今回述べているのはクリプトコッカスの中のCryptococcus neoformansです。
他にCryptococcus gattiiと呼ばれるものにも病原性がありますが、日本での報告はほとんどありません(皆無ではありませんが)ので今回は言及していません。
「毎日新聞 医療プレミア」2018年6月24日による