カタカナ医学用語のおベンキョー [エッセイ]
1990年代の初め、米NIH(国立衛生研究所)の学術用語委員会は、専門家や一般の識者などの意見も聞いたコンセンサス・カンファレンスの結果、
「インポテンス」という用語を使うのはやめよう。
「Erectile dysfuntion(エレクタイル・ディスファンクション=勃起障害)略してE・D」にしよう─と提言した。
インポテンスに含まれる侮蔑的なニュアンスが、学術用語にはふさわしくないという理由だった。
以来、医学論文にはインポテンスないしインポテンツは全く使用されなくなった。
日本でも1995年、「日本インポテンス学会」は、「日本性機能学会」と改名した。
そして1998年、バイアグラ発売に伴う大々的宣伝の結果、いまでは世間一般ももっぱら「ED」で通っている。「インポ」は死語になりつつある。
手元の医学辞典2冊を見比べてみると、一つは「インポテンス」、もう一つは「インポテンツ」という見出し語になっている。
インポテンツはドイツ語で、インポテンスは英語。どちらも間違いではない。
似た例はほかにもいろいろある。
手っ取り早いところで、この欄のタイトルの肉太の文字は、英語ではゴシック、独語ではゴチックだ。
出版印刷業界の人はゴチと略したりするが、ゴシとは略さない。
インポテンスの関連器官は、英語も独語もスペルは同じpenisだが、英米人はピーニス(またはペニス)、ドイツ人はペニスと発音する。
口内炎もスペルは同じaphthaで、アフサ(英)、アフタ(独)と語尾音が異なる。
polypは、ポリップ(英)、ポリープ(独)。
virusは、英語はヴァイラス、独語はヴィールスまたはウイルス。
日本のポリープ、ビールス、ウイルスはドイツ流なのだ。
虫垂(appendix)は、アペンディクス(英)にアッペンディクス(独)。
手術(operation)は、オペレーション(英)にオペラチオン(独)。
で、お医者さんたちは、「アッペのオペみたいに簡単だ」てなことをおっしゃる。
医学界ではドイツ語がまだだいぶ健在だ。
カルテは、日本の現代医学が、ドイツ医学によって開かれたことのゆるがぬ証拠だろう。
いうまでもなくカルテは、英語のカード、ポルトガル語のカルタ、フランス語のカルトなどと同義語だが、日本語ではそれぞれ別の意味で使われている。
カルテは診療記録。カードは小形長方形の厚紙。カルタは遊戯・ばくち用具(いろはガルタなど)。カルトはアラカルト(一品料理)といったふうに。
つまり、まずポルトガルから遊戯を、次にドイツから医学を、英米からビジネスを、フランスからは料理を輸入し、学んだというわけだ。
似ている例にドイツ語のIdee(イデー)と英語のidea(アイデア)がある。
元をたどればどちらもギリシャ語のイデアに行きつく同義語だ。
が、日本語では、イデーは理念、観念などと訳される哲学用語で、アイデアは、考案、思いつき、着想などの意味で用いられている。
もっとも、ある哲学者の文に「プラトンのアイデア」とあるのは観念の意味だろう。
アイデアリズムという英語は、理想主義または観念論と訳される哲学用語だそうだ。
昔、がんは治せず、末期には体の外から手で触れてもわかるほど硬く腫(は)れた。
岩のような肉の塊だったから「癌(がん)」という字が作られた。
やまいだれの中の嵒(がん)は岩の正字。「岩は俗字」と漢和辞典にはある。
英語のcancer(キャンサー)やドイツ語のKrebs(クレブス)も同じように末期がんの形態をイメージ化した語で、どちらもカニのことだ。
がんの告知がいまのように一般的でなかったころ、医師たちは患者にわからないように「キャンサー」とか「クレブス」という語を使っていた。
しかしそれが患者のほうにも知られてしまったので、今は別の語が使われている。
なんという語か、知りたい人はコメントをください(笑)
「癌腫 腫物(はれもの)ノ一種。略シテ、癌トノミモ云(い)ウ。体中、処処ニ発シテ、極メテ治シ難シトス、多クハ、上流ノ人ニ多シ。」と、昭和7年発行の『大言海』にはある。
「上流ノ人ニ多シ」というのがおもしろい。
つまり当時は「上流ノ人」ででもないと、がんができるまで長生きはできなかったのだろう。
いま、がんは国民の2人に1人はかかる。早く見つけて適切な治療をすれば治る。
その実態は「嵒」でも「カニ」でもない。
「インポテンス」という用語を使うのはやめよう。
「Erectile dysfuntion(エレクタイル・ディスファンクション=勃起障害)略してE・D」にしよう─と提言した。
インポテンスに含まれる侮蔑的なニュアンスが、学術用語にはふさわしくないという理由だった。
以来、医学論文にはインポテンスないしインポテンツは全く使用されなくなった。
日本でも1995年、「日本インポテンス学会」は、「日本性機能学会」と改名した。
そして1998年、バイアグラ発売に伴う大々的宣伝の結果、いまでは世間一般ももっぱら「ED」で通っている。「インポ」は死語になりつつある。
手元の医学辞典2冊を見比べてみると、一つは「インポテンス」、もう一つは「インポテンツ」という見出し語になっている。
インポテンツはドイツ語で、インポテンスは英語。どちらも間違いではない。
似た例はほかにもいろいろある。
手っ取り早いところで、この欄のタイトルの肉太の文字は、英語ではゴシック、独語ではゴチックだ。
出版印刷業界の人はゴチと略したりするが、ゴシとは略さない。
インポテンスの関連器官は、英語も独語もスペルは同じpenisだが、英米人はピーニス(またはペニス)、ドイツ人はペニスと発音する。
口内炎もスペルは同じaphthaで、アフサ(英)、アフタ(独)と語尾音が異なる。
polypは、ポリップ(英)、ポリープ(独)。
virusは、英語はヴァイラス、独語はヴィールスまたはウイルス。
日本のポリープ、ビールス、ウイルスはドイツ流なのだ。
虫垂(appendix)は、アペンディクス(英)にアッペンディクス(独)。
手術(operation)は、オペレーション(英)にオペラチオン(独)。
で、お医者さんたちは、「アッペのオペみたいに簡単だ」てなことをおっしゃる。
医学界ではドイツ語がまだだいぶ健在だ。
カルテは、日本の現代医学が、ドイツ医学によって開かれたことのゆるがぬ証拠だろう。
いうまでもなくカルテは、英語のカード、ポルトガル語のカルタ、フランス語のカルトなどと同義語だが、日本語ではそれぞれ別の意味で使われている。
カルテは診療記録。カードは小形長方形の厚紙。カルタは遊戯・ばくち用具(いろはガルタなど)。カルトはアラカルト(一品料理)といったふうに。
つまり、まずポルトガルから遊戯を、次にドイツから医学を、英米からビジネスを、フランスからは料理を輸入し、学んだというわけだ。
似ている例にドイツ語のIdee(イデー)と英語のidea(アイデア)がある。
元をたどればどちらもギリシャ語のイデアに行きつく同義語だ。
が、日本語では、イデーは理念、観念などと訳される哲学用語で、アイデアは、考案、思いつき、着想などの意味で用いられている。
もっとも、ある哲学者の文に「プラトンのアイデア」とあるのは観念の意味だろう。
アイデアリズムという英語は、理想主義または観念論と訳される哲学用語だそうだ。
昔、がんは治せず、末期には体の外から手で触れてもわかるほど硬く腫(は)れた。
岩のような肉の塊だったから「癌(がん)」という字が作られた。
やまいだれの中の嵒(がん)は岩の正字。「岩は俗字」と漢和辞典にはある。
英語のcancer(キャンサー)やドイツ語のKrebs(クレブス)も同じように末期がんの形態をイメージ化した語で、どちらもカニのことだ。
がんの告知がいまのように一般的でなかったころ、医師たちは患者にわからないように「キャンサー」とか「クレブス」という語を使っていた。
しかしそれが患者のほうにも知られてしまったので、今は別の語が使われている。
なんという語か、知りたい人はコメントをください(笑)
「癌腫 腫物(はれもの)ノ一種。略シテ、癌トノミモ云(い)ウ。体中、処処ニ発シテ、極メテ治シ難シトス、多クハ、上流ノ人ニ多シ。」と、昭和7年発行の『大言海』にはある。
「上流ノ人ニ多シ」というのがおもしろい。
つまり当時は「上流ノ人」ででもないと、がんができるまで長生きはできなかったのだろう。
いま、がんは国民の2人に1人はかかる。早く見つけて適切な治療をすれば治る。
その実態は「嵒」でも「カニ」でもない。
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