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前立腺がんと「肥満」 [医学・医療短信]

前立腺がん進行防止のキーワードは「肥満」

 社会の超高齢化や食生活の欧米化、前立腺特異抗原(Prostate specific antigen;PSA)による早期血清診断の普及によって前立腺がんは増加の一途をたどり、その増加率は全がん種の中で最も高い。前立腺がんの原因にはライフスタイルが密接に関係しているといわれ、中でも強力なリスク因子といわれるのが肥満だ。

 第12回日本性差医学・医療学会学術集会(1月19~20日)で、獨協医科大学埼玉医療センターの井手久満氏はコレステロールや肥満と前立腺がんの関係を解説し、機能性弁当やヘルスログの活用によるライフスタイル改善が進行予防に役立つことを指摘した。

 "できる男"の鍵を握るテストステロン!?

 講演の冒頭、「テストステロンという物質が"できる男"の鍵を握る」と井手氏は切り出した。

 テストステロン値が高い男性は低い男性と比べて、より投資の利益率が高い、よりイケメンが多い(「どの顔が好きか」と示して女性に選んでもらうと、人気のあった写真の男性はテストステロン値が高かった)、

運動能力がより高い、陰茎がより長い...というような、さまざまな疫学データがあるという。

 それならば、"できる男"を目指してテストステロン値を高く保てたらよいが、残念ながらそう、うまくはいかない。

 テストステロン値はライフイベントに大きく左右されるのだ。例えば、男性が恋に落ちるとテストステロン値は低下する。

 恋愛が深まり、イベントが進むに従ってテストステロン値はさらに低下していく。

 婚約の段階ではとりわけ急激な低下が観察されるという。

 父親になると、ますますテストステロン値は低下する。

 子供が生まれた後に低下したテストステロン値は徐々に回復してくるが、3年後に至っても、生まれる前より低値のままだ。

 その上、子供に添い寝をする父親では、テストステロンがさらに低下することが示されている。

 「イクメンは精巣が小さい」というフィリピンからの報告もあったという。

 そして、テストステロンの分泌は加齢に伴って低下する。

 その結果現れる種々の症候は「加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)」とされており、患者数は600万人と推定されている。


コレステロール値高値は前立腺がんのリスク因子

 続いて井手氏は、講演の本題である「肥満・テストステロン値の低下と前立腺がん」の解説を行った。

 肥満人口の増加が世界的なトレンドとなっている中、「前立腺がんと肥満に関する論文数は、近年非常に増えている」と同氏は言う。

 幾つもの科学的検証により、メタボリックシンドロームを含めた肥満は、前立腺がん発症・死亡のリスク因子であることが明らかにされた。さらに、肥満度と悪性の前立腺がん発症率が相関し、またコレステロール値が高いほど前立腺がんの罹患率が高くなることが国内外から報告されている。

 同氏が所属する施設では、前立腺の生検を受けた患者351例をがん転移の有無により2群に分け、BMI、コレステロール値、PSA値、テストステロン値などを調べた。

 PSA値、コレステロール値ともに、転移のない群に比べて転移のある群で統計学的に有意に高かった。多変量解析によっても、コレステロール高値が前立腺がん転移に関与することが示されたという。

がん悪化の原因物質を自らつくり出す骨転移巣

 肝臓で産生されるコレステロールは、脂肪肝などの原因になるといったイメージが強いが、実は組織当たりの含有量は肝臓に比べて、前立腺組織で3~6倍に上るという。

 コレステロールは前立腺組織に多く蓄積されるのだ。

 そして、正常前立腺、前立腺肥大症、前立腺がんを比較すると、前立腺がんが最もコレステロール含有量は高い。

 ここで井手氏は驚くべきデータを示した。

 前立腺がん患者におけるがん組織中のコレステロール含有量を調べたところ、がんの原発巣よりも転移の起きた骨でのコレステロール濃度の方が高かったという。

 前立腺がんの骨転移巣では、コレステロールの合成・吸収に関わる酵素が発現し、コレステロールが産生されているためである。

 それどころか、悪性の前立腺がんではコレステロールを取り入れ、担体蛋白やミトコンドリアを通じてテストステロンを合成している。悪性の前立腺がんが、増悪するためのエネルギーを自らつくり出している状況を「まるで悪性前立腺がんはハイブリッドカーのようだ」と、同氏は例えた。

 テストステロン低値が悪性前立腺がんに関与

 肥満によりテストステロン値が低下した環境では、悪性の前立腺がんを発症しやすいといわれているが、井手氏も自身の経験からそうした印象を持つ。

 同センターで前立腺がんの治療を受けた患者のテストステロン値を調べたところ、肥満度の高い患者ほどテストステロン値が低かった。

 同氏らは、手術支援ロボットda Vinci S サージカルシステムを導入して、周術期成績の向上を目指しているが、これを用いて手術を行っても、テストステロン値の低い患者では精囊浸潤、術後の再発、断端陽性、グリソンスコアが高いといったケースが少なくない。

 同様の報告は、多くの施設から報告されているという。

 そこで同氏らは、術前に悪性度の高い前立腺がんを予測するノモグラム(計算図)を作成した。

 例えば、68歳でPSA値が9ng/mLとグレーゾーン、FSH(卵胞刺激ホルモン)値が15mIU/mLといった患者の情報をインプットしていく。

 すると、テストステロン値が540ng/dLと正常な場合では悪性(グリソンスコアが7以上)である可能性は18%、一方テストステロン値が250ng/dLと低ければ悪性である可能性は80%と示されるといった具合だ。

がん悪化の予防にヘルスログを生かした生活改善を!

 それでは、前立腺がんの悪性化を防ぐ手立てはあるのか。

 この問いに関連して、井手氏はProstate Lifestyle Trialを解説した。

 対象はPSAが4~10でグリソンスコアが7以下の93名。

 これまで通りの食生活と運動習慣を継続するコントロール群と、運動をしてイソフラボンを含むサプリを飲み、週末にはカウンセリングを受けヨガなどを行う生活改善群の2群に分け、2年間フォローした。

 すると、コントロール群では49名中13名(27%)で前立腺がんが進行し、手術やホルモン治療、放射線治療などなんらかの治療介入が必要となったが、生活改善群で治療介入が必要となったのは43名中2名(5%)であった。

「生活習慣を改善することが、がんの進行を止めるということが前立腺がんにおいて示された」と同氏はコメントを加えた。

 そこで、同氏らは肥満を防ぐための生活改善に注目し、ヘルスログシステムを開発した。

 腕に装着する活動量計で歩数を計測し、連動するアプリ(ヘルスログ)に食事内容を記録してヘルスログを取るシステムだ。

 毎日の体重と歩数は、グラフでの一覧が可能。写真で撮影された食事内容からおおよそのカロリーが計算されて表示されるが、手入力も可能だ。

 こうして毎日の食事内容を管理していくわけだが、

「将来的には食事内容に関して、管理栄養士からダイレクトメッセージを介して指導が可能なシステムにしたい」と、同氏は語る。

 このヘルスログを用いて、同氏は体重と食事の関係を検討した。

 用いたのは、農林水産省が開発に関わった「機能性弁当」。血糖値の上がりにくい米など、機能性を持つ農林水産物や食品を用いた弁当だ。

 試験の対象は大学事務系職員30名で、このアプリによって3カ月間の管理を行ったところ、十分なデータを取れた24名では統計学的に有意に体重、腹囲が減少していた-。

 体重減少はほぼないのに、体脂肪率が5%も低下したという例もあった。

 同試験ではコレステロール値は下がらなかったが、酸化ストレスのマーカーでがん患者の血中からも多く検出される8-OHdGが統計学的有意に低下していた。

 8-OHdGはDNA損傷のマーカーとしても知られていることから、「運動して良い食材を取ることが、DNAの傷を減らすといえるのではないか」と同氏はコメントした。

 最後に同氏は「医療機関が前立腺がんやメタボリックシンドロームと診断した患者さん、その予備群の患者さんに関わる方法として、ヘルスログシステムを役立てられないだろうか。

 特に今、注目しているのは企業との連携だ。例えば、社員食堂などで『がんのリスクのある人には、がんのリスクを低下させる弁当を』といったテーラーメイドな健康管理プログラムを構築していきたい」と締めくくった。

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