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「前向きコホート研究」と「ランダム化比較試験」 [医学・医療短信]

介入せず対象集団を見守る~前向きコホート研究
北澤京子 / 医療ジャーナリスト/京都薬科大学客員教授

 コホート=ある期間追跡される集団

 「コホート」とは聞き慣れない言葉ですが、疫学研究では「ある期間追跡される、特定の目的のために選ばれた個人の集まり」(「ロスマンの疫学:科学的思考への誘い」篠原出版新社)と定義されています。

 もとは古代ローマ時代の歩兵隊を意味する言葉だそうです。

 具体例で説明します。2000年に某診療所を受診した成人患者が1000人いたとしましょう(これがコホートです)。

 この1000人に対して食事の調査を行い、牛乳を飲む量によって、「牛乳を飲まない(300人)」、「牛乳を少し飲む(300人)」、「牛乳を多く飲む(400人)」の3群に分けました。

 2000年時点では当然ながら全員が生存しており、18年後に生きているか死んでいるかは分かりません。

 この1000人を18年間追跡し、2018年になりました。

 途中で亡くなった人もいたため、18年時点の生存者は900人でした。

 その内訳は、「牛乳を飲まない(240人)」、「牛乳を少し飲む(270人)」、「牛乳を多く飲む(390人)」でした。この結果から、生存者の割合を計算すると、

牛乳を飲まない人    (240人÷300人)×100=80.0%
牛乳を少し飲む人    (270人÷300人)×100=90.0%
牛乳を多く飲む人    (390人÷400人)×100=97.5%

 となり、「牛乳を多く飲む人は、飲まない人に比べて、18年後も生存している可能性が高い」、つまり「牛乳は健康に良い」と言えそうです。

 実際にはもっと複雑な調整が必要ですが、こういった方法で牛乳の影響を調べるのが前向きコホート研究です。

「前向き」とは、00年の現在から18年の未来に向かって追跡するという意味です。

 ランダム化比較試験と前向きコホート研究の違い

 ランダム化比較試験と前向きコホート研究は、被験者を現在から未来に向かって追跡する点では同じです。

 違うのは、研究者の被験者へのかかわり方です。

 ランダム化比較試験では、1000人を「牛乳をたくさん飲んでもらう」群、「牛乳を少し飲んでもらう」群、「牛乳を飲ませない」群の三つにランダムに割り付け、被験者には指示通りの量の牛乳を飲んでもらいます。

 つまり、研究者が被験者に“介入”します。

 ランダム化比較試験のメリットは、被験者をランダム化に割り付けるというプロセスをはさむことにより、各群間の背景が均等になることが期待でき、結果(生存割合)の違いは介入(牛乳を飲む量)の違いによると見なせる点です。

 一方、前向きコホート研究では、研究者は被験者に介入はせず、牛乳を飲む量を“見守る=観察する”だけです。

 ランダム化が行われないので、各群間の背景は均等にはならないことが見込まれ、結果(生存割合)の違いに暴露(牛乳を飲む量)以外の因子(交絡因子)が紛れている可能性が否定できません。

 年齢や性別といった既知の交絡因子は解析時に調整できても、未知の交絡因子までは対応できません。

 そのため、科学的根拠(エビデンス)のレベルとしては一般に、前向きコホート研究はランダム化比較試験よりワンランク劣ると考えられています。

 とはいえ、多数の被験者に介入し、長期間追跡するのには膨大な労力・費用がかかるため、事実上、ランダム化比較試験ができない分野もたくさんあります。

 特に、喫煙や飲酒といった(悪い)生活習慣の健康への影響を調べるには、前向きコホート研究が重要です。被験者に意図的に悪い生活習慣をさせることは倫理的にできませんから。

 きょうの 話のデザート

 日本における代表的な前向きコホート研究の一つに、福岡県久山町と九州大学が行っている「久山町研究」があります。

 同研究のウェブサイトによると、久山町研究は、1961年(今から57年前!)に、住民を対象とした脳卒中の実態調査としてスタートしたそうです。

 研究は途切れることなく続き、現在では脳卒中だけでなく、心疾患、がん、認知症などの病気の原因や予防法を明らかにするために、住民データを利用した多くの研究が行われています。

 今のところ期限は2022年10月末までとなっていますが、さらなる延長が計画されています。

「毎日新聞 医療プレミア」より。
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