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糖尿病の診療基盤、確立 [医学・医療短信]

糖尿病の範囲を明示し診療基盤を確立
診断基準の50年の変遷を振り返る

 ある疾患について病態解明が進み疾患概念が確立されると、どのような状態の範囲が疾患に含まれるかが分かってくる。

それを検査値などで明示したものが診断基準だ。

この半世紀で診断基準が整備された疾患は多数あり、糖尿病もその1つである。

日本糖尿病学会において糖尿病の診断基準に関する第1次委員会が発足したのは、51年前の1967年のこと。

第3次改訂となった1999年の委員会報告では、今日まで大筋踏襲されている糖尿病の分類と診断基準が発表された。

同委員会委員長を務めた自治医科大学名誉教授の葛谷健氏に、海外の動向を踏まえ50年間の糖尿病診断基準の変遷を聞いた。

負荷試験の種類はさまざまだった

現在、75g経口糖負荷試験(OGTT)は確立された糖尿病診断の方法である。

OGTTは、1950年代には既に行われていた。

ただし葛谷氏によると、投与するグルコースの種類や投与量・投与回数はさまざまで、グルコース以外に坂口食を用いた試験が行われていたという。

坂口食試験とは、東京帝国大学教授の坂口康蔵らが考案し1960年頃まで広く用いられた負荷試験で、270gの米飯と卵2個を摂取し、食後の血糖値を評価する。

しかし当時は、大学や医療機関によって糖尿病の診断に用いる血糖基準値も異なっていた。

日本で統一した方法を目指す動きが見られたのは、1960年代中頃のことだった。

日本糖尿病学会では、1967年に「糖尿病の診断基準に関するシンポジウム」を開催し、統一基準を作成するための委員会を設けた。

1970年 委員会報告 糖尿病の概念と「型」付きの血糖基準を提示

これに先立ち、1965年に世界保健機関(WHO)の専門委員会は、50gまたは100gOGTTに基づき、全血での空腹時血糖(FPG)値、2時間血糖値とも130mg/dL以上を糖尿病域とする勧告を発表した。

しかもOGTT値は50g、100gのいずれも同じ血糖基準値であった。

一方、日本では1967年に糖尿病の診断基準に関する第1次委員会〔委員長=朝日生命成人病研究所所長(当時)・葛谷信貞氏〕が初会合を開く。

そこでの大きな論点は、糖尿病の概念の定義であった。

委員の1人であった葛谷健氏は「糖尿病は特有の症状や合併症を来す疾患で、高血糖はその1つにすぎない。

血糖値だけで糖尿病と定義してよいのか。

一定の基準値を設けて、それ以上なら糖尿病、それ以下なら正常とするような血糖値を決めることができるかという議論であった」と振り返る。

そこで1970年に発表された委員会報告では、OGTTの判定区分として糖尿病型、境界型、正常型と、それぞれに「型」を付け、分類する上で50gおよび100gOGTTに基づき、1時間値、2時間値別に血糖基準を提示した。

「型」を付けたのは、検査値のみで糖尿病と判断することを戒める狙いがあり、臨床では患者ごとに家族歴、合併症、産科的異常などの糖尿病の特徴を総合して診断することが強調された。

なお、診断カテゴリーに「型」を付けるのは日本独自のスタイルで、現在に至るまで踏襲されている。
1982年 委員会報告 75gOGTTを導入、新基準値を糖尿病型に

 各国の研究成績を比較する観点から、国際標準化が求められるようになり、1979年には米国立衛生研究所(NIH)のNational Diabetes Data Group(NDDG)が75gOGTTに基づく診断基準への変更、軽い耐糖能異常をimpaired glucose tolerance(IGT)とするカテゴリーの新設などを発表。

さらに翌年WHOもNDDGにほぼ準じた報告を発表した。

そこで日本糖尿病学会は、1982年に第2次委員会〔委員長=東京大学第三内科教授(当時)・小坂樹徳氏〕報告を発表。

日本でも75gOGTTを採用し、糖尿病型の基準値についても静脈血漿でのFPG 140mg/dL以上または/および2時間値200mg/dL以上で統一した。

ただし用語についてはIGTは採用せず、「境界型」を引き継いだ。

1999年 委員会報告 FPG値を126mg/dLに引き下げ、補助的にHbA1c値を導入

葛谷健氏を委員長とした第3次委員会が発足した2年後の1997年、米国糖尿病学会(ADA)は糖尿病基準値のFPG 140mg/dL以上から126mg/dL以上への引き下げを発表。

また診断にはOGTT値ではなく、FPG値を推奨した。

その理由として、OGTTの測定には時間と費用を要すること、糖尿病網膜症の判定精度に両者の測定値で差がないことを挙げ、IGTとは別に空腹時血糖異常(IFG)を提唱した。

WHOも暫定報告を行ったが、OGTTの重要性は認めている。

同委員会は1999年、海外の診断基準値との整合性を図り、糖尿病型のFPGカットオフ値を140mg/dL以上から126mg/dL以上に引き下げた。

同委員会委員の伊藤千賀子氏による被爆者を対象とした膨大な健診データにおいて、75gOGTT 2時間血糖値200mg/dLに相当するFPG値が約125mg/dLであることが根拠となった。

この改訂基準値は、今日も用いられている。

その一方で、同委員会はOGTTではなくFPG値単独での診断を推奨したADAには同調しなかった。葛谷氏は「日本人では、FPG値の上昇に先行してOGTT 2時間値が上昇する例が多い。

軽度の糖代謝異常を積極的に捉えるにはFPG値だけでは不十分である」と指摘。軽症患者でのOGTTの重要性を強調した。

さらに同委員会は、実臨床での便宜を考慮した診断手順を提示。

2回以上糖尿病型であることが示されれば診断してよいが、明らかな高血糖があり、①糖尿病の症状がある②HbA1c(JDS値)が6.5%以上③網膜症がある−のいずれかに該当すれば1回の検査で診断可能とした。

ここで特筆すべきは、診断の補助手段としてHbA1c値を世界に先駆けて採用した点だ。

当時の欧米では、HbA1c値は治療の指標であったが、診断には用いられていなかった。

2008~12年 各委員会報告 正常高値の新設、HbA1c値を正式採用・国際化標準へ

2003年、ADAは多くのIFG例を見逃す可能性があるとの理由で、FPGの正常上限値を110mg/dLから100mg/dL未満に引き下げた。

これを受け、2008年の日本糖尿病学会糖尿病診断基準に関する調査委員会(委員長=東京大学大学院代謝・栄養病態学教授・門脇孝氏)は、FPG値100~109mg/dLの患者群では耐糖能異常例が多いと指摘。
この区分の集団を「正常高値」と呼ぶこととした。

1999年以降、11年ぶりの大改訂となった2010年の委員会報告(委員長=関西電力病院総長・清野裕氏)では、これまで補助的に用いられていたHbA1c値を糖尿病型の診断基準に格上げした。

同時にHbA1cの国際標準化に向け日本独自のJDS値に加え、米国のNGSP値を併記することにした。さらに2012年の同委員会報告では、段階的なNGSP値への移行を進めた。

JDS値は、NGSP値に比べてHbA1cが0.4ポイント低値を示していた。

こうしてHbA1c(NGSP値)6.5%以上が糖尿病の基準値として新たに加えられた。

細小血管障害の予防は進む

このように、糖尿病の疾患概念が次第に明確になり診断基準が確立される過程で、日本では糖尿病に対する国民の認識は深まった。

葛谷氏は、この半世紀を振り返り「細小血管障害の予防はかなりできるようになった」と評価する。
その一方、生活習慣の変化や患者の高齢化により、大血管障害の予防に関心が集まっている。

同氏は「血糖だけでなく他の危険因子の基準についても重視し、コントロールに努めてほしい」と話している。(田上玲子)=「medical-tribune」 2018年4月11日配信  

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