糖尿病の発症前にCKD悪化 [医学・医療短信]
慢性腎臓病、早期発見が大切
糖尿病の発症前から腎臓の機能低下を示す数値が悪化、「慢性腎臓病」(CKD)を発症している人が多いことが、米国の大規模調査で明らかになりました。
テネシー大学健康科学センター、バージニア大学医療ネットワークなどの研究チームの調査です。
多くの患者は、糖尿病と診断される前の段階で、腎臓の機能低下も進行しているおそれがあり、「CKDを早期発見し治療を始める必要性が改めて示されました」と研究者は述べています。
慢性腎臓病(CKD)は腎臓の働きが低下した状態や、尿の中にタンパクが漏れ出る状態(タンパク尿)の総称。糖尿病と高血圧が発症に大きく影響しています。
また、肥満、メタボリックシンドローム、脂質異常症、高尿酸血症も影響します。
過食や運動不足といった長年の生活スタイルが原因になるほか、加齢や喫煙も影響します。
CKDは、脳卒中や心筋梗塞などの原因にもなります。
糖尿病や高血圧が動脈硬化を進行させ、また慢性腎臓病そのものが血管にさまざまな障害を引き起こすからだと考えられています。
CKDが進行すると腎不全に至り、人工透析が必要となります。
これらは患者のQOL(生活の質)を大きく損ない、死につながることが多いので"サイレント キラー"とも呼ばれています。
糖尿病の診断前に30%以上がCKDを発症
研究チームは、「米国退役軍人省研究調査」の参加者のデータを調査しました。
対象となったのは、2003~2013年の10年間に糖尿病と診断された30歳代から80歳代の退役軍人3万6,794人(平均年齢 61.5歳)です。
解析した結果、これらの人の31.6%が、糖尿病と診断される以前に、eGFRや、尿中の微量アルブミンを調べる尿中アルブミン-アルブミン指数に異常が起きていたことが明らかになりました。
eGFR=推算糸球体濾過量。血清クレアチニン値と年齢、性別から計算します。
CKDの発症率は1,000人当たり241.8症例。年齢、HbA1c、血圧、BMI(体格指数)が高いと、CKDの危険性が上昇することもわかりました。
とくにHbA1Cが高いとCKDのリスクは1.88倍に上昇しました。
HbA1c(ヘモグロビン・エーワンシー)=赤血球中のヘモグロビンのうちどれくらいの割合が糖と結合しているかを示す検査値。
また、人種的な背景にも関連しており、アジア系の米国人ではCKDのリスクは1.53倍に上昇しました。
日本でもCKD患者は約1,330万人に上ると推定されています。
とくに糖尿病の人は、腎臓病に関する検査値について、医師によく確認したほうよいでしょう。
CKDでは、血液から老廃物を取り除く腎臓の「糸球体」という器官が少しずつ壊れていきます。
結果、老廃物が十分に取り除けなくなったり、尿に漏れないはずのタンパクが尿に交じったりします。
CKDになっても、腎臓の働きがかなり低下するまで自覚症状はないが、一定程度以上に壊れてしまった糸球体を、正常に戻すことはできません。
CKDの進行を抑えるには早期発見して治療を開始することが重要です。
CKDは尿検査や血液検査で発見できます。
タンパク尿と血清クレアチニン値のどちらかが異常だと、CKDと診断されます。
CKDを見逃さないためには両方の検査を受けることが勧められます。
血液検査では、「血清クレアチニン値」を調べます。
クレアチニンの値から「GFR」という値を推算し、GFRが60未満だと慢性腎臓病が疑われます。
クレアチニン値と年齢、性別から計算する「eGFR」(推算糸球体濾過量)は、CKDの重症度をはかる指標となります。
クレアチニンは老廃物の一種で、腎機能の低下に伴い血中濃度が高くなります。
今回の研究ではクレアチニン検査は多く行われていましたが、異常値と判定されたのは、CKDの診断が確定したり、第3期まで進行した患者に限られていました。
「治療ガイドラインは、CKDのリスクの高い全ての人に検査を受けることを勧めていますが、現状では検査は、糖尿病などを発症し治療を開始した患者に限られます。
しかし実際には、その発症前に腎臓に異常が起きている可能性があります」と、テネシー大学健康科学センターのサバ・ コベスディ教授。
CKDの検査をもっと幅広く実施する必要が
「CKDは初期の段階では、検査をしないと発見できません。
つまり、医師に気づかれることなく、腎臓障害が進行してしまっている患者が多いということです」と、コベスディ教授は指摘しています。
糖尿病の有病者数は多いので、CKDの有病者数もかなり多いと推測されるといいます。
「CKDの有効な治療法は確立されていません。しかし、早期発見し適切に治療をすれば、それだけ進行を遅らせることができます。
そのためには、関連する糖尿病や高血圧などの疾患をしっかりと治療することが必要です」と、コベスディ教授。
CKDを発症するリスクは、他に病気を発症している高齢者で上昇しました。
脳血管疾患を発症している高齢者では1.23倍、心不全を発症している高齢者では1.87倍、末梢動脈疾患を発症している高齢者では1.35倍、ぞれぞれリスクが高くなりました。
「CKDのスクリーニング検査をもっと幅広く実施する必要があります。
糖尿病や高血圧、肥満、心血管疾患について、予防の必要性が広く認識されるようになってきましたが、CKDの危険因子に対しても意識を向上させることが重要です」と、コベスディ教授は強調しています。
糖尿病の発症前から腎臓の機能低下を示す数値が悪化、「慢性腎臓病」(CKD)を発症している人が多いことが、米国の大規模調査で明らかになりました。
テネシー大学健康科学センター、バージニア大学医療ネットワークなどの研究チームの調査です。
多くの患者は、糖尿病と診断される前の段階で、腎臓の機能低下も進行しているおそれがあり、「CKDを早期発見し治療を始める必要性が改めて示されました」と研究者は述べています。
慢性腎臓病(CKD)は腎臓の働きが低下した状態や、尿の中にタンパクが漏れ出る状態(タンパク尿)の総称。糖尿病と高血圧が発症に大きく影響しています。
また、肥満、メタボリックシンドローム、脂質異常症、高尿酸血症も影響します。
過食や運動不足といった長年の生活スタイルが原因になるほか、加齢や喫煙も影響します。
CKDは、脳卒中や心筋梗塞などの原因にもなります。
糖尿病や高血圧が動脈硬化を進行させ、また慢性腎臓病そのものが血管にさまざまな障害を引き起こすからだと考えられています。
CKDが進行すると腎不全に至り、人工透析が必要となります。
これらは患者のQOL(生活の質)を大きく損ない、死につながることが多いので"サイレント キラー"とも呼ばれています。
糖尿病の診断前に30%以上がCKDを発症
研究チームは、「米国退役軍人省研究調査」の参加者のデータを調査しました。
対象となったのは、2003~2013年の10年間に糖尿病と診断された30歳代から80歳代の退役軍人3万6,794人(平均年齢 61.5歳)です。
解析した結果、これらの人の31.6%が、糖尿病と診断される以前に、eGFRや、尿中の微量アルブミンを調べる尿中アルブミン-アルブミン指数に異常が起きていたことが明らかになりました。
eGFR=推算糸球体濾過量。血清クレアチニン値と年齢、性別から計算します。
CKDの発症率は1,000人当たり241.8症例。年齢、HbA1c、血圧、BMI(体格指数)が高いと、CKDの危険性が上昇することもわかりました。
とくにHbA1Cが高いとCKDのリスクは1.88倍に上昇しました。
HbA1c(ヘモグロビン・エーワンシー)=赤血球中のヘモグロビンのうちどれくらいの割合が糖と結合しているかを示す検査値。
また、人種的な背景にも関連しており、アジア系の米国人ではCKDのリスクは1.53倍に上昇しました。
日本でもCKD患者は約1,330万人に上ると推定されています。
とくに糖尿病の人は、腎臓病に関する検査値について、医師によく確認したほうよいでしょう。
CKDでは、血液から老廃物を取り除く腎臓の「糸球体」という器官が少しずつ壊れていきます。
結果、老廃物が十分に取り除けなくなったり、尿に漏れないはずのタンパクが尿に交じったりします。
CKDになっても、腎臓の働きがかなり低下するまで自覚症状はないが、一定程度以上に壊れてしまった糸球体を、正常に戻すことはできません。
CKDの進行を抑えるには早期発見して治療を開始することが重要です。
CKDは尿検査や血液検査で発見できます。
タンパク尿と血清クレアチニン値のどちらかが異常だと、CKDと診断されます。
CKDを見逃さないためには両方の検査を受けることが勧められます。
血液検査では、「血清クレアチニン値」を調べます。
クレアチニンの値から「GFR」という値を推算し、GFRが60未満だと慢性腎臓病が疑われます。
クレアチニン値と年齢、性別から計算する「eGFR」(推算糸球体濾過量)は、CKDの重症度をはかる指標となります。
クレアチニンは老廃物の一種で、腎機能の低下に伴い血中濃度が高くなります。
今回の研究ではクレアチニン検査は多く行われていましたが、異常値と判定されたのは、CKDの診断が確定したり、第3期まで進行した患者に限られていました。
「治療ガイドラインは、CKDのリスクの高い全ての人に検査を受けることを勧めていますが、現状では検査は、糖尿病などを発症し治療を開始した患者に限られます。
しかし実際には、その発症前に腎臓に異常が起きている可能性があります」と、テネシー大学健康科学センターのサバ・ コベスディ教授。
CKDの検査をもっと幅広く実施する必要が
「CKDは初期の段階では、検査をしないと発見できません。
つまり、医師に気づかれることなく、腎臓障害が進行してしまっている患者が多いということです」と、コベスディ教授は指摘しています。
糖尿病の有病者数は多いので、CKDの有病者数もかなり多いと推測されるといいます。
「CKDの有効な治療法は確立されていません。しかし、早期発見し適切に治療をすれば、それだけ進行を遅らせることができます。
そのためには、関連する糖尿病や高血圧などの疾患をしっかりと治療することが必要です」と、コベスディ教授。
CKDを発症するリスクは、他に病気を発症している高齢者で上昇しました。
脳血管疾患を発症している高齢者では1.23倍、心不全を発症している高齢者では1.87倍、末梢動脈疾患を発症している高齢者では1.35倍、ぞれぞれリスクが高くなりました。
「CKDのスクリーニング検査をもっと幅広く実施する必要があります。
糖尿病や高血圧、肥満、心血管疾患について、予防の必要性が広く認識されるようになってきましたが、CKDの危険因子に対しても意識を向上させることが重要です」と、コベスディ教授は強調しています。
老化物質「AGE」 [医学・医療短信]
若さのヒケツは、老化物質「AGE」を溜めないこと!
人間の身体は10万種類にもおよぶたんぱく質でできています。
これらのたんぱく質は加齢によって品質が劣化し、働きも悪くなって老化につながります。
とくにたんぱく質に糖が結びついて加熱されると「糖化現象」が起こります。
これが進行して、最終段階で生成されるのが「AGE:終末糖化産物」という物質です。
健康寿命を長くするには、たんぱく質の老化を防ぎAGEを「溜めない、作らない」ようにして老化を緩やかにする必要があるのです。
AGE:終末糖化産物とは?
AGE(Advanced Glycation End Products:終末糖化産物)は、強い毒性を持っていて、老化を進める原因物質と考えられています。
AGEは、「たんぱく質と糖が加熱されてできた物質」と定義されています。
AGEが血管に蓄積すると血管の弾力が失われ、血管の壁が厚く硬くなって脳梗塞や心筋梗塞のリスクが高まります。
目に蓄積すると白内障、骨に蓄積すると骨粗鬆症といった、加齢にともなって発症しやすい病気の一因になります。
このように、身体のいたるところで深刻な病気を引き起こすリスクが指摘されています。
そんなAGEが蓄積される過程には次の2つのパターンがあります。
体内で産生される!
血液中のブドウ糖が過剰になってあふれ出すと、細胞や組織を作っているたんぱく質と結びつき、体温の熱でじっくり調理されるかのように「糖化」が起こります。
初期の段階であれば、糖の濃度が下がりもとの正常なたんぱく質に戻ることもできますが、高濃度の糖に一定期間以上さらされるとAGEに変化します。
「終末産物」と呼ばれるくらいですから、元には戻りません。
そして、血糖値が高い状態が長期間にわたると、糖尿病の危険にさらされるうえ、AGE蓄積の増加もともないます。
食べ物から摂取してしまう!
「たんぱく質と糖が加熱されてできた物質」は多くの食べ物や飲み物にも含まれています。
たとえば、ホットケーキは卵と牛乳(=たんぱく質)、小麦粉と砂糖(=糖質)などを混ぜて加熱調理します。
表面のこんがりと焼けた部分は糖化の現れで、ここにAGEが生成されています。
この「こんがり」を専門的に表わすと「メイラード反応」になります。
加熱した状態で糖分とアミノ酸(タンパク質)が反応して茶色くなり、さまざまな香り成分を生む反応のことを指しています。
最もわかりやすい例がステーキで、強火で焼きつけると表面がカリカリになって茶色くなります。
これはメイラード反応が関与しているからなのです。
飲食物の場合、AGEの多くは消化の段階で分解されるものの、およそ7%は排出されずに体内に蓄積されるといわれています。
食品の調理法とAGEの関係
揚げる・焼く・炒めるなどの調理をした動物性たんぱく質食品には、多くのAGEが含まれます。
唐揚げ、焼き鳥、とんかつ、ステーキなどです。
フライドポテトやポテトチップス、タバコにもAGEが非常に多く含まれています。
AGEは、加熱温度が高いほど発生する量が増えるそうですので、200℃以上のオーブンで焼くような調理法はとくに大量に発生します。
一方、煮る・蒸す・茹でるといった調理法では、同じように加熱するものの水分を用いるためAGE発生量は少なくなります。
加熱をしない生野菜や刺身などはAGEの少ない食品です。
さらに、AGEと飲み物の関係性を見てみると、ジュースや炭酸飲料、お菓子などの甘味づけに使用される「人工甘味料」はブドウ糖の10倍の速さでAGEをつくるといいます。
AGEを溜めないためには:生活習慣の改善
体内での産生と食品からの摂取によるAGEの蓄積を防ぐには、生活習慣上のポイントとして次のようなことが挙げられます。
AGE値の多い食品や飲料類の過剰摂取を避ける
糖質の吸収を抑制する「食べ順ダイエット(野菜→肉や魚→主食の順で食べる)」を取り入れる
よく噛んで食べ、血糖値の急上昇や食べすぎによる糖質の摂り過ぎを予防する
食後を含む運動習慣をつくり、糖化を初期の段階に留め進行を防ぐ
執筆:山本 ともよ(管理栄養士・サプリメントアドバイザー・食生活アドバイザー)
医療監修:株式会社とらうべ
人間の身体は10万種類にもおよぶたんぱく質でできています。
これらのたんぱく質は加齢によって品質が劣化し、働きも悪くなって老化につながります。
とくにたんぱく質に糖が結びついて加熱されると「糖化現象」が起こります。
これが進行して、最終段階で生成されるのが「AGE:終末糖化産物」という物質です。
健康寿命を長くするには、たんぱく質の老化を防ぎAGEを「溜めない、作らない」ようにして老化を緩やかにする必要があるのです。
AGE:終末糖化産物とは?
AGE(Advanced Glycation End Products:終末糖化産物)は、強い毒性を持っていて、老化を進める原因物質と考えられています。
AGEは、「たんぱく質と糖が加熱されてできた物質」と定義されています。
AGEが血管に蓄積すると血管の弾力が失われ、血管の壁が厚く硬くなって脳梗塞や心筋梗塞のリスクが高まります。
目に蓄積すると白内障、骨に蓄積すると骨粗鬆症といった、加齢にともなって発症しやすい病気の一因になります。
このように、身体のいたるところで深刻な病気を引き起こすリスクが指摘されています。
そんなAGEが蓄積される過程には次の2つのパターンがあります。
体内で産生される!
血液中のブドウ糖が過剰になってあふれ出すと、細胞や組織を作っているたんぱく質と結びつき、体温の熱でじっくり調理されるかのように「糖化」が起こります。
初期の段階であれば、糖の濃度が下がりもとの正常なたんぱく質に戻ることもできますが、高濃度の糖に一定期間以上さらされるとAGEに変化します。
「終末産物」と呼ばれるくらいですから、元には戻りません。
そして、血糖値が高い状態が長期間にわたると、糖尿病の危険にさらされるうえ、AGE蓄積の増加もともないます。
食べ物から摂取してしまう!
「たんぱく質と糖が加熱されてできた物質」は多くの食べ物や飲み物にも含まれています。
たとえば、ホットケーキは卵と牛乳(=たんぱく質)、小麦粉と砂糖(=糖質)などを混ぜて加熱調理します。
表面のこんがりと焼けた部分は糖化の現れで、ここにAGEが生成されています。
この「こんがり」を専門的に表わすと「メイラード反応」になります。
加熱した状態で糖分とアミノ酸(タンパク質)が反応して茶色くなり、さまざまな香り成分を生む反応のことを指しています。
最もわかりやすい例がステーキで、強火で焼きつけると表面がカリカリになって茶色くなります。
これはメイラード反応が関与しているからなのです。
飲食物の場合、AGEの多くは消化の段階で分解されるものの、およそ7%は排出されずに体内に蓄積されるといわれています。
食品の調理法とAGEの関係
揚げる・焼く・炒めるなどの調理をした動物性たんぱく質食品には、多くのAGEが含まれます。
唐揚げ、焼き鳥、とんかつ、ステーキなどです。
フライドポテトやポテトチップス、タバコにもAGEが非常に多く含まれています。
AGEは、加熱温度が高いほど発生する量が増えるそうですので、200℃以上のオーブンで焼くような調理法はとくに大量に発生します。
一方、煮る・蒸す・茹でるといった調理法では、同じように加熱するものの水分を用いるためAGE発生量は少なくなります。
加熱をしない生野菜や刺身などはAGEの少ない食品です。
さらに、AGEと飲み物の関係性を見てみると、ジュースや炭酸飲料、お菓子などの甘味づけに使用される「人工甘味料」はブドウ糖の10倍の速さでAGEをつくるといいます。
AGEを溜めないためには:生活習慣の改善
体内での産生と食品からの摂取によるAGEの蓄積を防ぐには、生活習慣上のポイントとして次のようなことが挙げられます。
AGE値の多い食品や飲料類の過剰摂取を避ける
糖質の吸収を抑制する「食べ順ダイエット(野菜→肉や魚→主食の順で食べる)」を取り入れる
よく噛んで食べ、血糖値の急上昇や食べすぎによる糖質の摂り過ぎを予防する
食後を含む運動習慣をつくり、糖化を初期の段階に留め進行を防ぐ
執筆:山本 ともよ(管理栄養士・サプリメントアドバイザー・食生活アドバイザー)
医療監修:株式会社とらうべ
うつ予防のカギ [医学・医療短信]
「適正体重、運動、朝食」がうつ予防のカギ
うつ病になったことがある人は、そうでない人と比べて肥満や脂質異常症である割合が高く、運動習慣がなく、間食や夜食の頻度が高くて、朝食はあまり取らないなど生活習慣が乱れている可能性が高いことが、国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第三部長の功刀浩氏、秀瀬真輔氏らと株式会社ジーンクエストの共同研究で分かった。
うつ病の予防や治療には生活習慣の是正も重要になるという。
詳細は「Journal of Psychiatric Research」2月10日オンライン版に掲載された。
日本人約1万人を対象としたウェブ調査
世界保健機関(WHO)の推計によると、世界のうつ病患者は3億人を上回り、およそ20人に1人がうつ病を患っていると推定されている。
近年では、うつ病の発症に生活習慣や生活習慣病が影響する可能性が報告されているが、日本人を対象としたエビデンス(科学的証拠)は限られていた。
研究グループは今回、うつ病患者とうつ病を持たない対照者の計1万人以上の成人男女を対象とした大規模なウェブ調査で得たデータを解析し、うつ病の既往の有無で、肥満度やメタボリック症候群の有無、食生活や運動習慣を比較検討した。
ウェブ調査には成人男女1万1876人が参加し、このうちうつ病の既往がある人は1000人(平均年齢41.4±12.3歳、男性501人)で、残りのうつ病の既往がない人(1万876人、同45.1±13.6歳、5,691人)を対照群とした。
心理的ストレスレベルの判定は、精神的苦痛に関するケスラーの6項目スケール(six-item Kessler scale;K6)を用いて行い、肥満度の基準はBMIが18.5未満を「低体重(痩せ)」、18.5~25未満を「適正体重」、25~30未満を「過体重」、30以上を「肥満」とした。
参加者には、生活習慣として朝食や間食、夜食の頻度、運動や飲酒の頻度を尋ねた。
結果、うつ病の既往がある群では、対照群と比べて肥満者と低体重の人の割合が高く、適正体重の人の割合は低かった。
うつ病の既往がある群では、脂質異常症や糖尿病の患者の割合が有意に高いことも分かった。
一方、うつ病と高血圧との間には有意な関連は認められなかった。
生活習慣を比較すると、うつ病の既往がある群では、対照群と比べて間食や夜食を取る頻度が有意に高かった一方で、朝食を取る頻度は有意に低かった。
さらに、うつ病の既往がある群では中等度~高強度の運動をする頻度が有意に低かった。
以上の結果を踏まえて、研究グループは「うつ病を予防するためには、適正な体重を維持し、糖尿病や脂質異常症といったメタボリック症候群関連の生活習慣病を防ぐほか、きちんと朝食を取り、間食や夜食を控えること、定期的な運動をするなど生活習慣を改善することが望ましい」と述べている。
うつ病になったことがある人は、そうでない人と比べて肥満や脂質異常症である割合が高く、運動習慣がなく、間食や夜食の頻度が高くて、朝食はあまり取らないなど生活習慣が乱れている可能性が高いことが、国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第三部長の功刀浩氏、秀瀬真輔氏らと株式会社ジーンクエストの共同研究で分かった。
うつ病の予防や治療には生活習慣の是正も重要になるという。
詳細は「Journal of Psychiatric Research」2月10日オンライン版に掲載された。
日本人約1万人を対象としたウェブ調査
世界保健機関(WHO)の推計によると、世界のうつ病患者は3億人を上回り、およそ20人に1人がうつ病を患っていると推定されている。
近年では、うつ病の発症に生活習慣や生活習慣病が影響する可能性が報告されているが、日本人を対象としたエビデンス(科学的証拠)は限られていた。
研究グループは今回、うつ病患者とうつ病を持たない対照者の計1万人以上の成人男女を対象とした大規模なウェブ調査で得たデータを解析し、うつ病の既往の有無で、肥満度やメタボリック症候群の有無、食生活や運動習慣を比較検討した。
ウェブ調査には成人男女1万1876人が参加し、このうちうつ病の既往がある人は1000人(平均年齢41.4±12.3歳、男性501人)で、残りのうつ病の既往がない人(1万876人、同45.1±13.6歳、5,691人)を対照群とした。
心理的ストレスレベルの判定は、精神的苦痛に関するケスラーの6項目スケール(six-item Kessler scale;K6)を用いて行い、肥満度の基準はBMIが18.5未満を「低体重(痩せ)」、18.5~25未満を「適正体重」、25~30未満を「過体重」、30以上を「肥満」とした。
参加者には、生活習慣として朝食や間食、夜食の頻度、運動や飲酒の頻度を尋ねた。
結果、うつ病の既往がある群では、対照群と比べて肥満者と低体重の人の割合が高く、適正体重の人の割合は低かった。
うつ病の既往がある群では、脂質異常症や糖尿病の患者の割合が有意に高いことも分かった。
一方、うつ病と高血圧との間には有意な関連は認められなかった。
生活習慣を比較すると、うつ病の既往がある群では、対照群と比べて間食や夜食を取る頻度が有意に高かった一方で、朝食を取る頻度は有意に低かった。
さらに、うつ病の既往がある群では中等度~高強度の運動をする頻度が有意に低かった。
以上の結果を踏まえて、研究グループは「うつ病を予防するためには、適正な体重を維持し、糖尿病や脂質異常症といったメタボリック症候群関連の生活習慣病を防ぐほか、きちんと朝食を取り、間食や夜食を控えること、定期的な運動をするなど生活習慣を改善することが望ましい」と述べている。
ストレスはやっぱり健康に悪い [健康小文]
精神的苦痛やストレスが健康に悪いくらい誰でも知っている。
だが、ストレスを具体的に表現する方法が難しい。
科学的なデータは案外少ない。
ストレスと健康に関連した論文を石蔵文信・大阪大学招へい教授が紹介している。
精神的苦痛でがんが増える三つの理由
BMJ(イギリス医師会雑誌:British Medical Journal)誌オンライン版に掲載された、英国のG David Batty氏らによる精神的苦痛とがんの関係に関する研究。
1994~2008年に開始された16件の研究に参加した患者の中で、自身の報告による精神的苦痛スコアの記録がある16万3363例を解析の対象にしている。
かなり大規模なデータではあるが、精神的苦痛に関しては自己申告である。
平均約10年の調査期間中に1万6267例が死亡し、このうち4353例ががんで死亡した。
解析の結果、精神的苦痛が軽度の群に比べ、苦痛が重度の群は、すべての部位のがん死亡率が高かった。
精神的苦痛が重度の群は、喫煙非関連がん、大腸がん、前立腺がん、膵(すい)がん、食道がん、白血病のリスクが特に高かった。
この中でも大腸がんと前立腺がんのリスクは、精神的苦痛スコアが上がるに従って増加した。
精神的苦痛でがんが増えるのはなぜなのか、Batty氏らは三つの理由を挙げている。
1) 実はがん細胞は健康な人でも毎日数千個くらいできている。それを免疫、特にナチュラルキラー(NK)細胞がやっつけてくれているので大きながんにはならない。
精神的苦痛に繰り返しさらされると、そのNK細胞の機能が低下してがんが増殖する。
2)脳の視床下部は自律神経やホルモンをコントロールする重要な部位であるが、ストレスが続くとその機能が低下し、とくにホルモン関連がんの防御過程に悪影響を及ぼす。
3)苦痛によって飲酒や喫煙が増え、運動不足や食生活の乱れによる肥満などのリスクを介して、間接的に発がんの可能性を高める。
「脳」が引き起こす心血管の病気
もう一つはLancet誌(査読制の医学週刊雑誌)オンライン版に掲載された、脳の扁桃(へんとう)体と呼ばれる部位の活性化と心血管疾患の発症との関連を検討した、米国のAhmed Tawakol氏らによる研究である。
この研究で、対象は293例と少ないものの扁桃体の活性を見るためにPET/CT(陽電子放射断層撮影とコンピューター断層撮影の画像を同時に撮影する)検査を施行している。
扁桃体とは、情動と記憶に関して重要な役割がある。
検査の結果、ストレスを受けると脳の扁桃体が活性化し、動脈の炎症や心血管イベント(心臓や血管に起こる病気)のリスクと関連していることがわかった。
慢性的なストレスは心血管疾患の増加と関連することはいろいろな研究から明らかであったが、そのメカニズムはこれまでよくわかっていなかった。
今回の研究で、認知や情緒のように複雑な機能に関与する脳のネットワークが活性化すると、恐怖やストレスに関連するホルモンや自律神経が変化し、動脈などを傷害して心血管の病気を引き起こすことが明らかになった。
二つの研究で指摘されたように、視床下部や扁桃体はストレスの影響を受けやすい。
こうした脳の働きを自身でコントロールするのは、極めて困難である。
それゆえ、がんや心臓病を予防するには、生き方や働き方を見直してイライラせずにのんびり生きることがよさそうだということは間違いないだろう。
だが、ストレスを具体的に表現する方法が難しい。
科学的なデータは案外少ない。
ストレスと健康に関連した論文を石蔵文信・大阪大学招へい教授が紹介している。
精神的苦痛でがんが増える三つの理由
BMJ(イギリス医師会雑誌:British Medical Journal)誌オンライン版に掲載された、英国のG David Batty氏らによる精神的苦痛とがんの関係に関する研究。
1994~2008年に開始された16件の研究に参加した患者の中で、自身の報告による精神的苦痛スコアの記録がある16万3363例を解析の対象にしている。
かなり大規模なデータではあるが、精神的苦痛に関しては自己申告である。
平均約10年の調査期間中に1万6267例が死亡し、このうち4353例ががんで死亡した。
解析の結果、精神的苦痛が軽度の群に比べ、苦痛が重度の群は、すべての部位のがん死亡率が高かった。
精神的苦痛が重度の群は、喫煙非関連がん、大腸がん、前立腺がん、膵(すい)がん、食道がん、白血病のリスクが特に高かった。
この中でも大腸がんと前立腺がんのリスクは、精神的苦痛スコアが上がるに従って増加した。
精神的苦痛でがんが増えるのはなぜなのか、Batty氏らは三つの理由を挙げている。
1) 実はがん細胞は健康な人でも毎日数千個くらいできている。それを免疫、特にナチュラルキラー(NK)細胞がやっつけてくれているので大きながんにはならない。
精神的苦痛に繰り返しさらされると、そのNK細胞の機能が低下してがんが増殖する。
2)脳の視床下部は自律神経やホルモンをコントロールする重要な部位であるが、ストレスが続くとその機能が低下し、とくにホルモン関連がんの防御過程に悪影響を及ぼす。
3)苦痛によって飲酒や喫煙が増え、運動不足や食生活の乱れによる肥満などのリスクを介して、間接的に発がんの可能性を高める。
「脳」が引き起こす心血管の病気
もう一つはLancet誌(査読制の医学週刊雑誌)オンライン版に掲載された、脳の扁桃(へんとう)体と呼ばれる部位の活性化と心血管疾患の発症との関連を検討した、米国のAhmed Tawakol氏らによる研究である。
この研究で、対象は293例と少ないものの扁桃体の活性を見るためにPET/CT(陽電子放射断層撮影とコンピューター断層撮影の画像を同時に撮影する)検査を施行している。
扁桃体とは、情動と記憶に関して重要な役割がある。
検査の結果、ストレスを受けると脳の扁桃体が活性化し、動脈の炎症や心血管イベント(心臓や血管に起こる病気)のリスクと関連していることがわかった。
慢性的なストレスは心血管疾患の増加と関連することはいろいろな研究から明らかであったが、そのメカニズムはこれまでよくわかっていなかった。
今回の研究で、認知や情緒のように複雑な機能に関与する脳のネットワークが活性化すると、恐怖やストレスに関連するホルモンや自律神経が変化し、動脈などを傷害して心血管の病気を引き起こすことが明らかになった。
二つの研究で指摘されたように、視床下部や扁桃体はストレスの影響を受けやすい。
こうした脳の働きを自身でコントロールするのは、極めて困難である。
それゆえ、がんや心臓病を予防するには、生き方や働き方を見直してイライラせずにのんびり生きることがよさそうだということは間違いないだろう。
「体がさびる」酸化ストレス [医学・医療短信]
「体がさびる」酸化ストレスから身を守る方法
鉄がさびるのと同じように体も「さび」ます。
この「酸化ストレスによる体の変化」について、抗加齢医学研究の第一人者、米井嘉一・同志社大学教授(抗加齢医学)の解説をご紹介します。
老化を促進する危険因子
酸化ストレスとは「フリーラジカル」や「活性酸素」と呼ばれる不安定な物質が、体内の他の物質から電子を奪って酸化させることです。
全ての物質は原子からできており、原子は原子核とその周りをぐるぐる回る電子で構成されます。
通常は二つの電子がペア(対電子)になって安定状態を保っています。
しかし、電子が一つ欠けてしまう(不対電子)ことがあります。
こうなると物質は非常に不安定な状態になり、周囲の分子から電子を奪って安定化しようとするのです。
フリーラジカルとは不対電子を持つ原子や分子の総称です。
そして、活性酸素は反応性の高い酸素のことで、一部はフリーラジカルです。
酸化ストレスの原因
日常生活の中で生じる酸化ストレスの原因として一番に挙げられるのは、たばこの影響です。
喫煙者だけでなく、他人のたばこの煙(副流煙)でも同様の健康被害があります。
太陽光の紫外線も酸化ストレスを起こします。
肌の老化は7割ぐらいが紫外線による酸化ストレスが原因だといわれています。
大量の飲酒や大気汚染物質、食品添加物や残留農薬も酸化ストレスの原因になります。
無呼吸や心身ストレスも原因になる
あまり知られていませんが、睡眠時無呼吸症候群や心身ストレスによっても酸化ストレスは生じます。
睡眠中に無呼吸になると、血中の酸素濃度が低下して低酸素状態に陥ります。
呼吸が復活して血中に酸素が急激に戻ってくると、フリーラジカルが爆発的に発生します。
心身ストレスが過剰な時は、体のさまざまな働きを調整する自律神経の活動に乱れが生じ、血液の流れが不規則になります。
血液が流れない虚血状態とそこに血液が流れ込む再還流が繰り返されると、フリーラジカルが大量発生するのです。
また、一般的に運動は健康にいいといわれていますが、これはあくまでも適度な運動の場合です。
過激な運動はフリーラジカルが大量に発生して、酸化ストレスによって重篤な病気を起こすことがあります。何事も適度が一番です。
酸化ストレスにより起こる病気
フリーラジカルや活性酸素による攻撃で細胞膜が酸化すると、細胞膜の表面センサーの機能や物質の出し入れを行う機能が低下します。
つまり、細胞の生命を営む力が失われていくのです。
また、主に古くなったたんぱく質や脂質は酸化ストレスの影響で変化し、老廃物となって細胞内にたまっていきます。
このように、酸化ストレスは細胞に障害を与え、死滅時期を早めてしまうのです。
酸化ストレスはがんも起こしやすくするといわれています。
DNAは酸化ストレスによって傷つけられます。
細胞の分裂・増殖に重要な役割を果たすDNAには、傷が付くとがん化しやすくなる領域が存在します。
酸化ストレスが強いとDNAのあちこちに傷が生じ、その領域を傷つける確率が高まります。
また、LDLコレステロールが酸化すると酸化LDLとなり、動脈硬化の原因となります。
アルツハイマー病やパーキンソン病など高齢者に多い脳の病気では、酸化したたんぱく質や脂質が脳内にたまっています。
酸化ストレスがどれほど体に悪影響を与えるかがお分かりいただけると思います。
生殖組織に備わる抗酸化システム
タラコはタラの卵巣です。
タラコには抗酸化作用のあるビタミンEが豊富に含まれています。
もちろん、このビタミンEは人間に食べてもらうためにあるのではありません。
タラの卵巣を酸化による障害から守るためにあるのです。
生物は長い歴史の中で紫外線や放射線、毒物から発生する酸化ストレスと闘ってきました。
その結果、酸化ストレスに対する防御機構が発達しました。
卵子や精子は酸化ストレスに特に弱いので、ヒトを含めた生物の生殖組織にはとりわけ強力な抗酸化システムが備わっています。
前述しましたが、たばこは酸化ストレスの大きな発生源です。
喫煙者は非喫煙者に比べて卵子や精子のダメージが大きくなることを覚えておきましょう。
適度な運動が作り出す抗酸化酵素
これまでお話ししてきたように、酸化ストレスはヒトに大きな害を及ぼします。
ですから、ヒトは酸化ストレス防御機構がよく発達しています。
ここからは、その防御機構について説明しましょう。
防御機構は3段階に分けられます。
第1段階は過度な活性酸素やフリーラジカルの発生を抑える「抗酸化酵素」による分解・除去です。
抗酸化酵素にはスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)、カタラーゼ、ペルオキシダーゼがあり、適度な運動で活性化させることができます。
これはからだに備わっている、酸化ストレスに対する予防システムです。
実は、運動をすると少量のフリーラジカルが発生するのですが、その刺激によって抗酸化酵素の活性が上がるのです。
適度な運動によって自分自身の予防システムの防御力を高めることができます。
適度な運動というのは、15分~1時間の散歩、1~5kmのジョギング、15~30分程度の水泳です。
運動時間(量)にだいぶ幅があるように思うかもしれませんが、「適度」は人によって異なります。
この範囲で、自分に合った量の運動を実践してください。運動初心者は15分余分に歩くことから始めましょう。
抗酸化物質を食べ物から取る
第2段階は活性酸素やフリーラジカルが発生し、細胞などが攻撃を受けた際の抗酸化物質による消去です。
抗酸化物質は食べ物から取ることができます。
ナッツや植物油に多く含まれるビタミンEは代表的な抗酸化物質です。
また、色とりどりの野菜などにはさまざまな抗酸化物質が含まれています。
例えば、トマトのリコピン、緑茶のカテキン、緑黄色野菜のβカロテン、小豆やブドウのアントシアニン、サケのアスタキサンチンなどです。
しかし、一つの成分を大量に取るのは禁物です。
一般的に、抗酸化物質は酸化されやすい性質があります。
活性酸素やフリーラジカルによって、抗酸化物質が酸化された物質が大量に発生すると、今度はその物質が体に害を与えてしまいます。
何事も極端なことをしないのが鉄則です。
ダメージ修復機能
第3段階は、組織や細胞(DNAを含む)が活性酸素やフリーラジカルによってダメージを受けた際の修復機能です。
酸化たんぱく分解酵素やDNA修復酵素がダメージを受けた所を修復してくれます。
ただし、これにも限度がありますので、酸化ストレスの原因を取り除くことがとにかく大切です。
酸化ストレス対策のまとめ
最後に酸化ストレス対策をまとめます。
以下の三つを実践し、酸化ストレスに負けないようにしましょう。
1:酸化ストレスの原因を避ける
2:適度な運動により抗酸化酵素の活性を高める
3:食事から抗酸化物質を摂取する
酸化ストレスの原因は、たばこ、紫外線、大量の飲酒、心身ストレス、睡眠時無呼吸症候群です。
思い当たる方は克服していきましょう。
そして、適度な運動で抗酸化酵素の活性を高めましょう。
怠けて何もしないことが一番よくありません。
また、食事から積極的に抗酸化物質を摂取しましょう。
色とりどりの野菜や果実にはさまざまな抗酸化物質が含まれています。
献立に悩んだら、最近食べた料理の彩りを思い出してみましょう。
足りていない色の食材を選ぶといいでしょう。
不足しがちの抗酸化物質をサプリメントで補充することもできますが、特定の物質が過剰になる状況は避けましょう。
鉄がさびるのと同じように体も「さび」ます。
この「酸化ストレスによる体の変化」について、抗加齢医学研究の第一人者、米井嘉一・同志社大学教授(抗加齢医学)の解説をご紹介します。
老化を促進する危険因子
酸化ストレスとは「フリーラジカル」や「活性酸素」と呼ばれる不安定な物質が、体内の他の物質から電子を奪って酸化させることです。
全ての物質は原子からできており、原子は原子核とその周りをぐるぐる回る電子で構成されます。
通常は二つの電子がペア(対電子)になって安定状態を保っています。
しかし、電子が一つ欠けてしまう(不対電子)ことがあります。
こうなると物質は非常に不安定な状態になり、周囲の分子から電子を奪って安定化しようとするのです。
フリーラジカルとは不対電子を持つ原子や分子の総称です。
そして、活性酸素は反応性の高い酸素のことで、一部はフリーラジカルです。
酸化ストレスの原因
日常生活の中で生じる酸化ストレスの原因として一番に挙げられるのは、たばこの影響です。
喫煙者だけでなく、他人のたばこの煙(副流煙)でも同様の健康被害があります。
太陽光の紫外線も酸化ストレスを起こします。
肌の老化は7割ぐらいが紫外線による酸化ストレスが原因だといわれています。
大量の飲酒や大気汚染物質、食品添加物や残留農薬も酸化ストレスの原因になります。
無呼吸や心身ストレスも原因になる
あまり知られていませんが、睡眠時無呼吸症候群や心身ストレスによっても酸化ストレスは生じます。
睡眠中に無呼吸になると、血中の酸素濃度が低下して低酸素状態に陥ります。
呼吸が復活して血中に酸素が急激に戻ってくると、フリーラジカルが爆発的に発生します。
心身ストレスが過剰な時は、体のさまざまな働きを調整する自律神経の活動に乱れが生じ、血液の流れが不規則になります。
血液が流れない虚血状態とそこに血液が流れ込む再還流が繰り返されると、フリーラジカルが大量発生するのです。
また、一般的に運動は健康にいいといわれていますが、これはあくまでも適度な運動の場合です。
過激な運動はフリーラジカルが大量に発生して、酸化ストレスによって重篤な病気を起こすことがあります。何事も適度が一番です。
酸化ストレスにより起こる病気
フリーラジカルや活性酸素による攻撃で細胞膜が酸化すると、細胞膜の表面センサーの機能や物質の出し入れを行う機能が低下します。
つまり、細胞の生命を営む力が失われていくのです。
また、主に古くなったたんぱく質や脂質は酸化ストレスの影響で変化し、老廃物となって細胞内にたまっていきます。
このように、酸化ストレスは細胞に障害を与え、死滅時期を早めてしまうのです。
酸化ストレスはがんも起こしやすくするといわれています。
DNAは酸化ストレスによって傷つけられます。
細胞の分裂・増殖に重要な役割を果たすDNAには、傷が付くとがん化しやすくなる領域が存在します。
酸化ストレスが強いとDNAのあちこちに傷が生じ、その領域を傷つける確率が高まります。
また、LDLコレステロールが酸化すると酸化LDLとなり、動脈硬化の原因となります。
アルツハイマー病やパーキンソン病など高齢者に多い脳の病気では、酸化したたんぱく質や脂質が脳内にたまっています。
酸化ストレスがどれほど体に悪影響を与えるかがお分かりいただけると思います。
生殖組織に備わる抗酸化システム
タラコはタラの卵巣です。
タラコには抗酸化作用のあるビタミンEが豊富に含まれています。
もちろん、このビタミンEは人間に食べてもらうためにあるのではありません。
タラの卵巣を酸化による障害から守るためにあるのです。
生物は長い歴史の中で紫外線や放射線、毒物から発生する酸化ストレスと闘ってきました。
その結果、酸化ストレスに対する防御機構が発達しました。
卵子や精子は酸化ストレスに特に弱いので、ヒトを含めた生物の生殖組織にはとりわけ強力な抗酸化システムが備わっています。
前述しましたが、たばこは酸化ストレスの大きな発生源です。
喫煙者は非喫煙者に比べて卵子や精子のダメージが大きくなることを覚えておきましょう。
適度な運動が作り出す抗酸化酵素
これまでお話ししてきたように、酸化ストレスはヒトに大きな害を及ぼします。
ですから、ヒトは酸化ストレス防御機構がよく発達しています。
ここからは、その防御機構について説明しましょう。
防御機構は3段階に分けられます。
第1段階は過度な活性酸素やフリーラジカルの発生を抑える「抗酸化酵素」による分解・除去です。
抗酸化酵素にはスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)、カタラーゼ、ペルオキシダーゼがあり、適度な運動で活性化させることができます。
これはからだに備わっている、酸化ストレスに対する予防システムです。
実は、運動をすると少量のフリーラジカルが発生するのですが、その刺激によって抗酸化酵素の活性が上がるのです。
適度な運動によって自分自身の予防システムの防御力を高めることができます。
適度な運動というのは、15分~1時間の散歩、1~5kmのジョギング、15~30分程度の水泳です。
運動時間(量)にだいぶ幅があるように思うかもしれませんが、「適度」は人によって異なります。
この範囲で、自分に合った量の運動を実践してください。運動初心者は15分余分に歩くことから始めましょう。
抗酸化物質を食べ物から取る
第2段階は活性酸素やフリーラジカルが発生し、細胞などが攻撃を受けた際の抗酸化物質による消去です。
抗酸化物質は食べ物から取ることができます。
ナッツや植物油に多く含まれるビタミンEは代表的な抗酸化物質です。
また、色とりどりの野菜などにはさまざまな抗酸化物質が含まれています。
例えば、トマトのリコピン、緑茶のカテキン、緑黄色野菜のβカロテン、小豆やブドウのアントシアニン、サケのアスタキサンチンなどです。
しかし、一つの成分を大量に取るのは禁物です。
一般的に、抗酸化物質は酸化されやすい性質があります。
活性酸素やフリーラジカルによって、抗酸化物質が酸化された物質が大量に発生すると、今度はその物質が体に害を与えてしまいます。
何事も極端なことをしないのが鉄則です。
ダメージ修復機能
第3段階は、組織や細胞(DNAを含む)が活性酸素やフリーラジカルによってダメージを受けた際の修復機能です。
酸化たんぱく分解酵素やDNA修復酵素がダメージを受けた所を修復してくれます。
ただし、これにも限度がありますので、酸化ストレスの原因を取り除くことがとにかく大切です。
酸化ストレス対策のまとめ
最後に酸化ストレス対策をまとめます。
以下の三つを実践し、酸化ストレスに負けないようにしましょう。
1:酸化ストレスの原因を避ける
2:適度な運動により抗酸化酵素の活性を高める
3:食事から抗酸化物質を摂取する
酸化ストレスの原因は、たばこ、紫外線、大量の飲酒、心身ストレス、睡眠時無呼吸症候群です。
思い当たる方は克服していきましょう。
そして、適度な運動で抗酸化酵素の活性を高めましょう。
怠けて何もしないことが一番よくありません。
また、食事から積極的に抗酸化物質を摂取しましょう。
色とりどりの野菜や果実にはさまざまな抗酸化物質が含まれています。
献立に悩んだら、最近食べた料理の彩りを思い出してみましょう。
足りていない色の食材を選ぶといいでしょう。
不足しがちの抗酸化物質をサプリメントで補充することもできますが、特定の物質が過剰になる状況は避けましょう。
肝炎征圧50年の歴史 [医学・医療短信]
B型肝炎ウイルス(HBV)が発見されたのは1964年、C型肝炎ウイルス(HCV)は1989年。
その後の肝炎ウイルスをめぐるウイルス学、血清学、治療学の進歩は目覚ましいものがあり、肝炎はこの50年で疾患構造が劇的に変化した疾患といえる。
近年登場した直接作用型抗ウイルス薬(DAA)はウイルス学的著効(SVR)達成率が95%超とされ、C型肝炎は"撲滅"が語られる時代になった。
こうした劇的な変化を臨床の最前線で先導してきた虎の門病院分院(川崎市)分院長の熊田博光氏に、ウイルス肝炎治療の50年と今後の展望について聞いた。
B型肝炎 HBV発見を機に研究が飛躍的に進展
熊田氏は医師になって今年で46年になるが、学生時代は肝炎の多くについてまだ解明されていなかったという。
ウイルス発見以前の肝炎は、食物を介して感染する「流行性肝炎」と輸血を介して感染する「血清肝炎(輸血後肝炎)」の2種に分類されていたが、原因は不明であった。
1964年にHBVが発見されたのを機に研究は飛躍的に進み、疫学や感染の仕組みが徐々に解明された。
また、出産時の母子感染、性行為により感染が起こることも分かり、感染経路が明確になった。
さらに球形粒子HBe抗原が発見され、特に大きな粒子のHBe抗原は感染力が強いことも分かった。
その後、ウイルス本体であるHBV-DNAの遺伝子解析が進み、ウイルスの構造が明らかになってきた。
治癒を目指す
日本では1986年にインターフェロン(IFN)治療の治験が開始され、IFNの投与でHBe抗原陰性化が得られる人は20%ほどであった。
しかし、IFNは副作用が多いため他の治療薬が求められていた。
2000年になると、核酸アナログのラミブジンが登場し、経口薬によるウイルス抑制が可能になった。
活動性ウイルスの大幅な減少が見られたが、1年ほどで耐性ウイルスが出現。
同薬とアデホビルが併用されるようになり、主な治療として用いられた。
2006年には、耐性ウイルスの出現がほとんどないエンテカビルが使えるようになった。
HBVを抑制して病状の進行を抑え、うまくいけばHBs抗原の消失も見込める。
2015年発売のテノホビルにはHBs抗原に対する効果が期待されたが、長期投与で腎障害が起こることが分かってきた。
2017年に腎臓への副作用が少ないテノホビルアラフェナミド(TAF)が発売され、今後は主要な治療薬になると思われる。
B型肝炎は核酸アナログによる治療で肝機能改善、ウイルスの安定(増殖を抑制)などが実現できたが、治癒までは至っていない。
熊田氏は「HBs抗原を直接標的としたアンチセンス薬剤の治験が進められようとしている。
今後、B型肝炎の治療は治癒を目指すという段階に入る」と展望している。
C型肝炎 IFNフリーDAA時代に
HCVの遺伝子構造は1989年に解明された。
C型肝炎にもIFNが用いられるようになり、日本では1992年に治療が開始。
IFN単独治療のSVRは低ウイルス量患者で30〜50%、高ウイルス量(100KIU/mL以上)患者では10%程度であった。
2001年にはIFN+リバビリン(RBV)の併用療法が開始され、ゲノタイプ(GT)1の高ウイルス量患者のSVRが30%まで上昇。
2004年にはPeg-IFN+RBVの48週治療が使えるようになり、SVRは高ウイルス量患者でもGT1が50%、GT2では90%に上昇した。
しばらくはPeg-IFN+RBVがC型肝炎の標準治療であったが、2011年に経口プロテアーゼ阻害薬が開発された。
Peg-IFN+RBVに同薬を加えた3剤併用で効果が上がり、C型肝炎治療はDAAの時代となった。
3剤併用ではGT1の難治例で88%、GT2は95%が治癒できるようになった。
IFNは副作用が多いことが問題であったが、2014年のダクラタスビル(DCV)+アスナプレビル(ASV)の登場によりDAAの内服のみで治療が可能になり、IFNフリーの時代に突入した。
DCV+ASVのSVRは全体で85%であったが、NS5A耐性を有する患者では43%と低く、耐性問題がクローズアップされた。
目指すのは発がんゼロ
2015年にDAA治療は大きな転換点を迎える。
GT2に対するソホスブビル(SOF)+RBV、GT1に対するSOF/レジパスビル配合錠の発売である。いずれもSVRは95%超。
その後、2016年にエルバスビル+グラゾプレビルの併用療法、2017年にはパンジェノタイプで最短8週間の治療が可能なグレカプレビル/ピブレンタスビル配合錠が登場した。
熊田氏は「現在、日本ではパンジェノタイプの薬剤がC型肝炎治療の主流である。これによって、C型肝炎のほとんどが治癒可能な時代となった。
しかし、治癒後に発がんするケース(大半は肝硬変患者)があるため、今後は新たに発がんゼロを目指した治験が進められると思われる」と展望している。
(慶野 永) 「Medical Tribune」2018年04月12日配信
その後の肝炎ウイルスをめぐるウイルス学、血清学、治療学の進歩は目覚ましいものがあり、肝炎はこの50年で疾患構造が劇的に変化した疾患といえる。
近年登場した直接作用型抗ウイルス薬(DAA)はウイルス学的著効(SVR)達成率が95%超とされ、C型肝炎は"撲滅"が語られる時代になった。
こうした劇的な変化を臨床の最前線で先導してきた虎の門病院分院(川崎市)分院長の熊田博光氏に、ウイルス肝炎治療の50年と今後の展望について聞いた。
B型肝炎 HBV発見を機に研究が飛躍的に進展
熊田氏は医師になって今年で46年になるが、学生時代は肝炎の多くについてまだ解明されていなかったという。
ウイルス発見以前の肝炎は、食物を介して感染する「流行性肝炎」と輸血を介して感染する「血清肝炎(輸血後肝炎)」の2種に分類されていたが、原因は不明であった。
1964年にHBVが発見されたのを機に研究は飛躍的に進み、疫学や感染の仕組みが徐々に解明された。
また、出産時の母子感染、性行為により感染が起こることも分かり、感染経路が明確になった。
さらに球形粒子HBe抗原が発見され、特に大きな粒子のHBe抗原は感染力が強いことも分かった。
その後、ウイルス本体であるHBV-DNAの遺伝子解析が進み、ウイルスの構造が明らかになってきた。
治癒を目指す
日本では1986年にインターフェロン(IFN)治療の治験が開始され、IFNの投与でHBe抗原陰性化が得られる人は20%ほどであった。
しかし、IFNは副作用が多いため他の治療薬が求められていた。
2000年になると、核酸アナログのラミブジンが登場し、経口薬によるウイルス抑制が可能になった。
活動性ウイルスの大幅な減少が見られたが、1年ほどで耐性ウイルスが出現。
同薬とアデホビルが併用されるようになり、主な治療として用いられた。
2006年には、耐性ウイルスの出現がほとんどないエンテカビルが使えるようになった。
HBVを抑制して病状の進行を抑え、うまくいけばHBs抗原の消失も見込める。
2015年発売のテノホビルにはHBs抗原に対する効果が期待されたが、長期投与で腎障害が起こることが分かってきた。
2017年に腎臓への副作用が少ないテノホビルアラフェナミド(TAF)が発売され、今後は主要な治療薬になると思われる。
B型肝炎は核酸アナログによる治療で肝機能改善、ウイルスの安定(増殖を抑制)などが実現できたが、治癒までは至っていない。
熊田氏は「HBs抗原を直接標的としたアンチセンス薬剤の治験が進められようとしている。
今後、B型肝炎の治療は治癒を目指すという段階に入る」と展望している。
C型肝炎 IFNフリーDAA時代に
HCVの遺伝子構造は1989年に解明された。
C型肝炎にもIFNが用いられるようになり、日本では1992年に治療が開始。
IFN単独治療のSVRは低ウイルス量患者で30〜50%、高ウイルス量(100KIU/mL以上)患者では10%程度であった。
2001年にはIFN+リバビリン(RBV)の併用療法が開始され、ゲノタイプ(GT)1の高ウイルス量患者のSVRが30%まで上昇。
2004年にはPeg-IFN+RBVの48週治療が使えるようになり、SVRは高ウイルス量患者でもGT1が50%、GT2では90%に上昇した。
しばらくはPeg-IFN+RBVがC型肝炎の標準治療であったが、2011年に経口プロテアーゼ阻害薬が開発された。
Peg-IFN+RBVに同薬を加えた3剤併用で効果が上がり、C型肝炎治療はDAAの時代となった。
3剤併用ではGT1の難治例で88%、GT2は95%が治癒できるようになった。
IFNは副作用が多いことが問題であったが、2014年のダクラタスビル(DCV)+アスナプレビル(ASV)の登場によりDAAの内服のみで治療が可能になり、IFNフリーの時代に突入した。
DCV+ASVのSVRは全体で85%であったが、NS5A耐性を有する患者では43%と低く、耐性問題がクローズアップされた。
目指すのは発がんゼロ
2015年にDAA治療は大きな転換点を迎える。
GT2に対するソホスブビル(SOF)+RBV、GT1に対するSOF/レジパスビル配合錠の発売である。いずれもSVRは95%超。
その後、2016年にエルバスビル+グラゾプレビルの併用療法、2017年にはパンジェノタイプで最短8週間の治療が可能なグレカプレビル/ピブレンタスビル配合錠が登場した。
熊田氏は「現在、日本ではパンジェノタイプの薬剤がC型肝炎治療の主流である。これによって、C型肝炎のほとんどが治癒可能な時代となった。
しかし、治癒後に発がんするケース(大半は肝硬変患者)があるため、今後は新たに発がんゼロを目指した治験が進められると思われる」と展望している。
(慶野 永) 「Medical Tribune」2018年04月12日配信
スギ花粉症の半世紀 [医学・医療短信]
スギ花粉症研究の今昔ー発見から50余年
無名の存在から国民病に
近年、"国民病"としてすっかり定着してしまった感があるスギ花粉症。
しかし今から50数年前の日本では、まったく無名の存在であった。
長年、スギ花粉症の疫学研究に携わり、同疾患の研究における一大事業といえる「スギ花粉症克服に向けた総合研究(総合研究)」(科学技術振興調整費)で主体的役割を果たした遠藤耳鼻咽喉科・アレルギークリニック(東京都)院長の遠藤朝彦氏に、長年にわたるスギ花粉症研究の歴史、特に意義深いトピックなどを振り返ってもらった。
始まりは栃木県日光市
日本における最初のスギ花粉症患者は、1964年、当時東京医科歯科大学耳鼻咽喉科学教室に所属していた斎藤洋三氏〔現・神尾記念病院(東京都)顧問〕らが発表した論文(アレルギー 1964; 13: 16-18)で報告された。
同論文では、栃木県日光市にあった古河電工日光電気精銅所病院の受診者の中に、春季に鼻腔、咽頭および眼結膜のアレルギー症状を呈するスギ花粉症患者が見られたとしている。
遠藤氏は、
「当時、アレルギー研究者の多くは通年性アレルギー疾患に注目していた。
そのため、この報告を受けても、"日本にスギ花粉症患者などほとんどいないのではないか"という反応が大半であった」と振り返る。
大気汚染なども発症者の急増に寄与
だが大方の見解に反し、スギ花粉症は1960年代後半に増加し始め、1970年代後半~80年代に急増した。
東京慈恵会医科大学では、1972年にアレルギー性鼻炎を対象とした疫学調査を開始。
同大学耳鼻咽喉科学教室に所属していた遠藤氏も調査に参画し、全国で行われた集団検診に従事した。
同氏は、「1970年代に行った学校の集団検診では、多くの子供で鼻の穴が真っ黒だったことが印象に残っている。
当時は、浮遊粒子状物質や二酸化硫黄などの大気汚染物質に対する規制があまり進んでいなかったためだろう」と語る。
スギ花粉症の急増には、花粉そのものだけではなく、工場などから大量に排出されていた大気汚染物質も大きく寄与していた。
同氏は「大気汚染物質は鼻粘膜の障害を引き起こし、スギ花粉などのアレルゲンが粘膜内に侵入しやすくなる要因となった」と説明する。
その根拠として、大気汚染や生活環境などが改善された近年、スギ花粉症の増加ペースはほぼ一定になっているという。
多士済々、エポックメーキングな総合研究
患者の増加に伴い深刻化していく花粉症の問題に対し、1995~2003年、科学技術庁(当時)は科学技術振興調整費による総合研究を実施。
遠藤氏はこの研究に総合推進委員、研究実施担当者として主体的に関わった。
総合研究のテーマは、スギ花粉症のメカニズムや予防、治療法からスギ花粉の飛散予報、抑制技術、曝露回避まで多岐にわたった。
同氏は前述した大気汚染など、スギ花粉症の発症に影響する修飾因子に関する臨床疫学的研究や、空中のスギ花粉量と症状との関連性を探る研究などに注力。
「日本アレルギー協会理事長の宮本昭正氏をはじめ、医学、気象学、植物学など、実に多彩な領域の専門家が携わっていた。
日本のスギ花粉症診療、対策におけるエポックメーキング的な事業だった」と総合研究を評価した。
総合研究の成果はその後、リアルタイムで花粉飛散情報を提供するシステムの構築やアレルゲン免疫療法、マスクをはじめとする花粉対策製品の開発、スギ雄花の花芽抑制技術、アレルゲンフリーのスギ作出技術の確立などに大きく貢献したという。
求められる次世代のリーダー
遠藤氏は、今後の花粉症研究における課題として、研究者の高齢化を問題視し、
「国や行政に花粉症研究の重要性を説明し、理解してもらえるよう働きかけるリーダーシップを持った若手研究者の登場が期待される」と述べた。
現在、花粉症の研究はアレルゲン免疫療法や花粉症緩和米、治療米の開発など新たなフィールドへと広がっている。
連綿と続いてきたその歩みを止めないためにも、人材育成は喫緊の課題といえる。(陶山慎晃)
「Medical Tribune」2018年04月12日 配信
無名の存在から国民病に
近年、"国民病"としてすっかり定着してしまった感があるスギ花粉症。
しかし今から50数年前の日本では、まったく無名の存在であった。
長年、スギ花粉症の疫学研究に携わり、同疾患の研究における一大事業といえる「スギ花粉症克服に向けた総合研究(総合研究)」(科学技術振興調整費)で主体的役割を果たした遠藤耳鼻咽喉科・アレルギークリニック(東京都)院長の遠藤朝彦氏に、長年にわたるスギ花粉症研究の歴史、特に意義深いトピックなどを振り返ってもらった。
始まりは栃木県日光市
日本における最初のスギ花粉症患者は、1964年、当時東京医科歯科大学耳鼻咽喉科学教室に所属していた斎藤洋三氏〔現・神尾記念病院(東京都)顧問〕らが発表した論文(アレルギー 1964; 13: 16-18)で報告された。
同論文では、栃木県日光市にあった古河電工日光電気精銅所病院の受診者の中に、春季に鼻腔、咽頭および眼結膜のアレルギー症状を呈するスギ花粉症患者が見られたとしている。
遠藤氏は、
「当時、アレルギー研究者の多くは通年性アレルギー疾患に注目していた。
そのため、この報告を受けても、"日本にスギ花粉症患者などほとんどいないのではないか"という反応が大半であった」と振り返る。
大気汚染なども発症者の急増に寄与
だが大方の見解に反し、スギ花粉症は1960年代後半に増加し始め、1970年代後半~80年代に急増した。
東京慈恵会医科大学では、1972年にアレルギー性鼻炎を対象とした疫学調査を開始。
同大学耳鼻咽喉科学教室に所属していた遠藤氏も調査に参画し、全国で行われた集団検診に従事した。
同氏は、「1970年代に行った学校の集団検診では、多くの子供で鼻の穴が真っ黒だったことが印象に残っている。
当時は、浮遊粒子状物質や二酸化硫黄などの大気汚染物質に対する規制があまり進んでいなかったためだろう」と語る。
スギ花粉症の急増には、花粉そのものだけではなく、工場などから大量に排出されていた大気汚染物質も大きく寄与していた。
同氏は「大気汚染物質は鼻粘膜の障害を引き起こし、スギ花粉などのアレルゲンが粘膜内に侵入しやすくなる要因となった」と説明する。
その根拠として、大気汚染や生活環境などが改善された近年、スギ花粉症の増加ペースはほぼ一定になっているという。
多士済々、エポックメーキングな総合研究
患者の増加に伴い深刻化していく花粉症の問題に対し、1995~2003年、科学技術庁(当時)は科学技術振興調整費による総合研究を実施。
遠藤氏はこの研究に総合推進委員、研究実施担当者として主体的に関わった。
総合研究のテーマは、スギ花粉症のメカニズムや予防、治療法からスギ花粉の飛散予報、抑制技術、曝露回避まで多岐にわたった。
同氏は前述した大気汚染など、スギ花粉症の発症に影響する修飾因子に関する臨床疫学的研究や、空中のスギ花粉量と症状との関連性を探る研究などに注力。
「日本アレルギー協会理事長の宮本昭正氏をはじめ、医学、気象学、植物学など、実に多彩な領域の専門家が携わっていた。
日本のスギ花粉症診療、対策におけるエポックメーキング的な事業だった」と総合研究を評価した。
総合研究の成果はその後、リアルタイムで花粉飛散情報を提供するシステムの構築やアレルゲン免疫療法、マスクをはじめとする花粉対策製品の開発、スギ雄花の花芽抑制技術、アレルゲンフリーのスギ作出技術の確立などに大きく貢献したという。
求められる次世代のリーダー
遠藤氏は、今後の花粉症研究における課題として、研究者の高齢化を問題視し、
「国や行政に花粉症研究の重要性を説明し、理解してもらえるよう働きかけるリーダーシップを持った若手研究者の登場が期待される」と述べた。
現在、花粉症の研究はアレルゲン免疫療法や花粉症緩和米、治療米の開発など新たなフィールドへと広がっている。
連綿と続いてきたその歩みを止めないためにも、人材育成は喫緊の課題といえる。(陶山慎晃)
「Medical Tribune」2018年04月12日 配信
糖尿病の診療基盤、確立 [医学・医療短信]
糖尿病の範囲を明示し診療基盤を確立
診断基準の50年の変遷を振り返る
ある疾患について病態解明が進み疾患概念が確立されると、どのような状態の範囲が疾患に含まれるかが分かってくる。
それを検査値などで明示したものが診断基準だ。
この半世紀で診断基準が整備された疾患は多数あり、糖尿病もその1つである。
日本糖尿病学会において糖尿病の診断基準に関する第1次委員会が発足したのは、51年前の1967年のこと。
第3次改訂となった1999年の委員会報告では、今日まで大筋踏襲されている糖尿病の分類と診断基準が発表された。
同委員会委員長を務めた自治医科大学名誉教授の葛谷健氏に、海外の動向を踏まえ50年間の糖尿病診断基準の変遷を聞いた。
負荷試験の種類はさまざまだった
現在、75g経口糖負荷試験(OGTT)は確立された糖尿病診断の方法である。
OGTTは、1950年代には既に行われていた。
ただし葛谷氏によると、投与するグルコースの種類や投与量・投与回数はさまざまで、グルコース以外に坂口食を用いた試験が行われていたという。
坂口食試験とは、東京帝国大学教授の坂口康蔵らが考案し1960年頃まで広く用いられた負荷試験で、270gの米飯と卵2個を摂取し、食後の血糖値を評価する。
しかし当時は、大学や医療機関によって糖尿病の診断に用いる血糖基準値も異なっていた。
日本で統一した方法を目指す動きが見られたのは、1960年代中頃のことだった。
日本糖尿病学会では、1967年に「糖尿病の診断基準に関するシンポジウム」を開催し、統一基準を作成するための委員会を設けた。
1970年 委員会報告 糖尿病の概念と「型」付きの血糖基準を提示
これに先立ち、1965年に世界保健機関(WHO)の専門委員会は、50gまたは100gOGTTに基づき、全血での空腹時血糖(FPG)値、2時間血糖値とも130mg/dL以上を糖尿病域とする勧告を発表した。
しかもOGTT値は50g、100gのいずれも同じ血糖基準値であった。
一方、日本では1967年に糖尿病の診断基準に関する第1次委員会〔委員長=朝日生命成人病研究所所長(当時)・葛谷信貞氏〕が初会合を開く。
そこでの大きな論点は、糖尿病の概念の定義であった。
委員の1人であった葛谷健氏は「糖尿病は特有の症状や合併症を来す疾患で、高血糖はその1つにすぎない。
血糖値だけで糖尿病と定義してよいのか。
一定の基準値を設けて、それ以上なら糖尿病、それ以下なら正常とするような血糖値を決めることができるかという議論であった」と振り返る。
そこで1970年に発表された委員会報告では、OGTTの判定区分として糖尿病型、境界型、正常型と、それぞれに「型」を付け、分類する上で50gおよび100gOGTTに基づき、1時間値、2時間値別に血糖基準を提示した。
「型」を付けたのは、検査値のみで糖尿病と判断することを戒める狙いがあり、臨床では患者ごとに家族歴、合併症、産科的異常などの糖尿病の特徴を総合して診断することが強調された。
なお、診断カテゴリーに「型」を付けるのは日本独自のスタイルで、現在に至るまで踏襲されている。
1982年 委員会報告 75gOGTTを導入、新基準値を糖尿病型に
各国の研究成績を比較する観点から、国際標準化が求められるようになり、1979年には米国立衛生研究所(NIH)のNational Diabetes Data Group(NDDG)が75gOGTTに基づく診断基準への変更、軽い耐糖能異常をimpaired glucose tolerance(IGT)とするカテゴリーの新設などを発表。
さらに翌年WHOもNDDGにほぼ準じた報告を発表した。
そこで日本糖尿病学会は、1982年に第2次委員会〔委員長=東京大学第三内科教授(当時)・小坂樹徳氏〕報告を発表。
日本でも75gOGTTを採用し、糖尿病型の基準値についても静脈血漿でのFPG 140mg/dL以上または/および2時間値200mg/dL以上で統一した。
ただし用語についてはIGTは採用せず、「境界型」を引き継いだ。
1999年 委員会報告 FPG値を126mg/dLに引き下げ、補助的にHbA1c値を導入
葛谷健氏を委員長とした第3次委員会が発足した2年後の1997年、米国糖尿病学会(ADA)は糖尿病基準値のFPG 140mg/dL以上から126mg/dL以上への引き下げを発表。
また診断にはOGTT値ではなく、FPG値を推奨した。
その理由として、OGTTの測定には時間と費用を要すること、糖尿病網膜症の判定精度に両者の測定値で差がないことを挙げ、IGTとは別に空腹時血糖異常(IFG)を提唱した。
WHOも暫定報告を行ったが、OGTTの重要性は認めている。
同委員会は1999年、海外の診断基準値との整合性を図り、糖尿病型のFPGカットオフ値を140mg/dL以上から126mg/dL以上に引き下げた。
同委員会委員の伊藤千賀子氏による被爆者を対象とした膨大な健診データにおいて、75gOGTT 2時間血糖値200mg/dLに相当するFPG値が約125mg/dLであることが根拠となった。
この改訂基準値は、今日も用いられている。
その一方で、同委員会はOGTTではなくFPG値単独での診断を推奨したADAには同調しなかった。葛谷氏は「日本人では、FPG値の上昇に先行してOGTT 2時間値が上昇する例が多い。
軽度の糖代謝異常を積極的に捉えるにはFPG値だけでは不十分である」と指摘。軽症患者でのOGTTの重要性を強調した。
さらに同委員会は、実臨床での便宜を考慮した診断手順を提示。
2回以上糖尿病型であることが示されれば診断してよいが、明らかな高血糖があり、①糖尿病の症状がある②HbA1c(JDS値)が6.5%以上③網膜症がある−のいずれかに該当すれば1回の検査で診断可能とした。
ここで特筆すべきは、診断の補助手段としてHbA1c値を世界に先駆けて採用した点だ。
当時の欧米では、HbA1c値は治療の指標であったが、診断には用いられていなかった。
2008~12年 各委員会報告 正常高値の新設、HbA1c値を正式採用・国際化標準へ
2003年、ADAは多くのIFG例を見逃す可能性があるとの理由で、FPGの正常上限値を110mg/dLから100mg/dL未満に引き下げた。
これを受け、2008年の日本糖尿病学会糖尿病診断基準に関する調査委員会(委員長=東京大学大学院代謝・栄養病態学教授・門脇孝氏)は、FPG値100~109mg/dLの患者群では耐糖能異常例が多いと指摘。
この区分の集団を「正常高値」と呼ぶこととした。
1999年以降、11年ぶりの大改訂となった2010年の委員会報告(委員長=関西電力病院総長・清野裕氏)では、これまで補助的に用いられていたHbA1c値を糖尿病型の診断基準に格上げした。
同時にHbA1cの国際標準化に向け日本独自のJDS値に加え、米国のNGSP値を併記することにした。さらに2012年の同委員会報告では、段階的なNGSP値への移行を進めた。
JDS値は、NGSP値に比べてHbA1cが0.4ポイント低値を示していた。
こうしてHbA1c(NGSP値)6.5%以上が糖尿病の基準値として新たに加えられた。
細小血管障害の予防は進む
このように、糖尿病の疾患概念が次第に明確になり診断基準が確立される過程で、日本では糖尿病に対する国民の認識は深まった。
葛谷氏は、この半世紀を振り返り「細小血管障害の予防はかなりできるようになった」と評価する。
その一方、生活習慣の変化や患者の高齢化により、大血管障害の予防に関心が集まっている。
同氏は「血糖だけでなく他の危険因子の基準についても重視し、コントロールに努めてほしい」と話している。(田上玲子)=「medical-tribune」 2018年4月11日配信
診断基準の50年の変遷を振り返る
ある疾患について病態解明が進み疾患概念が確立されると、どのような状態の範囲が疾患に含まれるかが分かってくる。
それを検査値などで明示したものが診断基準だ。
この半世紀で診断基準が整備された疾患は多数あり、糖尿病もその1つである。
日本糖尿病学会において糖尿病の診断基準に関する第1次委員会が発足したのは、51年前の1967年のこと。
第3次改訂となった1999年の委員会報告では、今日まで大筋踏襲されている糖尿病の分類と診断基準が発表された。
同委員会委員長を務めた自治医科大学名誉教授の葛谷健氏に、海外の動向を踏まえ50年間の糖尿病診断基準の変遷を聞いた。
負荷試験の種類はさまざまだった
現在、75g経口糖負荷試験(OGTT)は確立された糖尿病診断の方法である。
OGTTは、1950年代には既に行われていた。
ただし葛谷氏によると、投与するグルコースの種類や投与量・投与回数はさまざまで、グルコース以外に坂口食を用いた試験が行われていたという。
坂口食試験とは、東京帝国大学教授の坂口康蔵らが考案し1960年頃まで広く用いられた負荷試験で、270gの米飯と卵2個を摂取し、食後の血糖値を評価する。
しかし当時は、大学や医療機関によって糖尿病の診断に用いる血糖基準値も異なっていた。
日本で統一した方法を目指す動きが見られたのは、1960年代中頃のことだった。
日本糖尿病学会では、1967年に「糖尿病の診断基準に関するシンポジウム」を開催し、統一基準を作成するための委員会を設けた。
1970年 委員会報告 糖尿病の概念と「型」付きの血糖基準を提示
これに先立ち、1965年に世界保健機関(WHO)の専門委員会は、50gまたは100gOGTTに基づき、全血での空腹時血糖(FPG)値、2時間血糖値とも130mg/dL以上を糖尿病域とする勧告を発表した。
しかもOGTT値は50g、100gのいずれも同じ血糖基準値であった。
一方、日本では1967年に糖尿病の診断基準に関する第1次委員会〔委員長=朝日生命成人病研究所所長(当時)・葛谷信貞氏〕が初会合を開く。
そこでの大きな論点は、糖尿病の概念の定義であった。
委員の1人であった葛谷健氏は「糖尿病は特有の症状や合併症を来す疾患で、高血糖はその1つにすぎない。
血糖値だけで糖尿病と定義してよいのか。
一定の基準値を設けて、それ以上なら糖尿病、それ以下なら正常とするような血糖値を決めることができるかという議論であった」と振り返る。
そこで1970年に発表された委員会報告では、OGTTの判定区分として糖尿病型、境界型、正常型と、それぞれに「型」を付け、分類する上で50gおよび100gOGTTに基づき、1時間値、2時間値別に血糖基準を提示した。
「型」を付けたのは、検査値のみで糖尿病と判断することを戒める狙いがあり、臨床では患者ごとに家族歴、合併症、産科的異常などの糖尿病の特徴を総合して診断することが強調された。
なお、診断カテゴリーに「型」を付けるのは日本独自のスタイルで、現在に至るまで踏襲されている。
1982年 委員会報告 75gOGTTを導入、新基準値を糖尿病型に
各国の研究成績を比較する観点から、国際標準化が求められるようになり、1979年には米国立衛生研究所(NIH)のNational Diabetes Data Group(NDDG)が75gOGTTに基づく診断基準への変更、軽い耐糖能異常をimpaired glucose tolerance(IGT)とするカテゴリーの新設などを発表。
さらに翌年WHOもNDDGにほぼ準じた報告を発表した。
そこで日本糖尿病学会は、1982年に第2次委員会〔委員長=東京大学第三内科教授(当時)・小坂樹徳氏〕報告を発表。
日本でも75gOGTTを採用し、糖尿病型の基準値についても静脈血漿でのFPG 140mg/dL以上または/および2時間値200mg/dL以上で統一した。
ただし用語についてはIGTは採用せず、「境界型」を引き継いだ。
1999年 委員会報告 FPG値を126mg/dLに引き下げ、補助的にHbA1c値を導入
葛谷健氏を委員長とした第3次委員会が発足した2年後の1997年、米国糖尿病学会(ADA)は糖尿病基準値のFPG 140mg/dL以上から126mg/dL以上への引き下げを発表。
また診断にはOGTT値ではなく、FPG値を推奨した。
その理由として、OGTTの測定には時間と費用を要すること、糖尿病網膜症の判定精度に両者の測定値で差がないことを挙げ、IGTとは別に空腹時血糖異常(IFG)を提唱した。
WHOも暫定報告を行ったが、OGTTの重要性は認めている。
同委員会は1999年、海外の診断基準値との整合性を図り、糖尿病型のFPGカットオフ値を140mg/dL以上から126mg/dL以上に引き下げた。
同委員会委員の伊藤千賀子氏による被爆者を対象とした膨大な健診データにおいて、75gOGTT 2時間血糖値200mg/dLに相当するFPG値が約125mg/dLであることが根拠となった。
この改訂基準値は、今日も用いられている。
その一方で、同委員会はOGTTではなくFPG値単独での診断を推奨したADAには同調しなかった。葛谷氏は「日本人では、FPG値の上昇に先行してOGTT 2時間値が上昇する例が多い。
軽度の糖代謝異常を積極的に捉えるにはFPG値だけでは不十分である」と指摘。軽症患者でのOGTTの重要性を強調した。
さらに同委員会は、実臨床での便宜を考慮した診断手順を提示。
2回以上糖尿病型であることが示されれば診断してよいが、明らかな高血糖があり、①糖尿病の症状がある②HbA1c(JDS値)が6.5%以上③網膜症がある−のいずれかに該当すれば1回の検査で診断可能とした。
ここで特筆すべきは、診断の補助手段としてHbA1c値を世界に先駆けて採用した点だ。
当時の欧米では、HbA1c値は治療の指標であったが、診断には用いられていなかった。
2008~12年 各委員会報告 正常高値の新設、HbA1c値を正式採用・国際化標準へ
2003年、ADAは多くのIFG例を見逃す可能性があるとの理由で、FPGの正常上限値を110mg/dLから100mg/dL未満に引き下げた。
これを受け、2008年の日本糖尿病学会糖尿病診断基準に関する調査委員会(委員長=東京大学大学院代謝・栄養病態学教授・門脇孝氏)は、FPG値100~109mg/dLの患者群では耐糖能異常例が多いと指摘。
この区分の集団を「正常高値」と呼ぶこととした。
1999年以降、11年ぶりの大改訂となった2010年の委員会報告(委員長=関西電力病院総長・清野裕氏)では、これまで補助的に用いられていたHbA1c値を糖尿病型の診断基準に格上げした。
同時にHbA1cの国際標準化に向け日本独自のJDS値に加え、米国のNGSP値を併記することにした。さらに2012年の同委員会報告では、段階的なNGSP値への移行を進めた。
JDS値は、NGSP値に比べてHbA1cが0.4ポイント低値を示していた。
こうしてHbA1c(NGSP値)6.5%以上が糖尿病の基準値として新たに加えられた。
細小血管障害の予防は進む
このように、糖尿病の疾患概念が次第に明確になり診断基準が確立される過程で、日本では糖尿病に対する国民の認識は深まった。
葛谷氏は、この半世紀を振り返り「細小血管障害の予防はかなりできるようになった」と評価する。
その一方、生活習慣の変化や患者の高齢化により、大血管障害の予防に関心が集まっている。
同氏は「血糖だけでなく他の危険因子の基準についても重視し、コントロールに努めてほしい」と話している。(田上玲子)=「medical-tribune」 2018年4月11日配信
またまた変わった! 高血圧の定義 [医学・医療短信]
世界最新の高血圧診療
いささか旧聞。
2017年6月、英国医師会雑誌に「高血圧の初期治療」の総説が記載された。
世界最新の高血圧の総説である。
またまた高血圧の定義が大きく変わってしまった。
数年來、広く用いられていたのは、米国合同委員会の第8次報告として新たに発表された高血圧ガイドラインだった。
覚える数字は150、140、90の三つ。
60歳以上の血圧目標値を従来の140/90mmHg未満から150/90mmHg未満へと引き上げる。
糖尿病あるいは慢性腎臓病(CKD)を有する患者は130/80mmHg未満から140/90mmHgへ。
これらの変更の影響について研究グループは、全米健康栄養調査のデータを使って検討した。
60歳未満では140/90mmHg以下に、糖尿病と慢性腎不全患者も同じ。
60歳以上では150/90mmH以下に。
繰り返す。
覚える数字は150、140、90の三つでよかった。
ところが、今回、なんと150/90mmHg未満が130/80mmHg以下になった。
60歳以上では収縮期血圧(最大血圧)が20も下げられてしまった。
総説「高血圧の初期診療」最重要点九つは以下の通り!
1.年齢、糖尿病、慢性腎不全にかかわらず130/80mmHg未満にせよ!
2.130/80~140/90mmHgはStage 1。心血管リスク10%未満は生活改善
130/80~140/90mmHgをStage 1高血圧。
140/90以上をStage 2高血圧とする。
Stage 1 高血圧で心血管疾患リスクが10%未満なら3~6カ月生活習慣改善を試みよ。
ただし計算に総コレステロール、HDL-C(善玉コレステロール)、LDL-C(悪玉コレステロール)の検査値が必要。
3.運動、減塩、減量、アルコールを制限し地中海式食事を。NSAID(非ステロイド性抗炎症薬)は切れ
高血圧につながる生活習慣因子は、食塩摂取過剰、体重増加、肥満、アルコール摂取、NSAIDやdecongestants(鼻粘膜充血解除薬、商品名:プリビナ、コールタイジン、トラマゾリン)使用など。
遺伝因子もある。
地中海式食事のポイントは次の3点。
果物、野菜、低脂肪乳製品、玄米、全粒粉(茶色のパン)、鶏肉、魚、豆類、ナッツ、オリーブ油を取れ
赤い肉(red meat:牛肉、豚肉)、バター、ラード、菓子、砂糖入り飲料を減らせ!
赤ワインを1、2杯(白ワインではない)
薬では、NSAID、decongestants、アンフェタミンを減らす。
4.140/90mmHg以上、心血管疾患、DM、CKD、心血管リスク10%以上は降圧薬開始
5.血圧測定は、坐位、背をもたれ下肢は交叉せず足底を床に、5分安静後に
血圧の測定方法は意外にうるさく、ガイドラインでは2回以上の場で2回以上の血圧測定を推奨。
カフ(マンシェット)は正しいサイズでなければならない。
6.検査はNa、K、Ca、UA、Cr、eGFR、Hb、thyrotropin、脂質、検尿、尿alb/Cr比(尿アルブミン/クレアチニン比)、EKG(心電図)
糖尿病や腎不全がありはっきりした蛋白尿がないときは、尿alb/Cr比をチェックする。
つまり随時尿で尿中アルブミン濃度と尿中クレアチニン濃度を同時測定しその比を取る。
糖尿病腎症では、アルブミンは分子量が小さいので大きな蛋白より早く尿中に出るため、早期に腎症を検出できる。
この正常値は30.0mg/g・Cr未満で、糖尿病腎症の早期診断基準は30~299mg/g・Crのとき。
7.降圧薬はサイアザイド、Ca拮抗薬、ACE拮抗薬、ARB拮抗薬の四つから選べ
8.塩分摂取の多い者はサイアザイド、少ない者はACE、ARB【推奨サイアザイド系利尿薬】
クロルタリドン(国内販売中止)、ヒドロクロロチアジド、インダパミド
塩分摂取の多い者はサイアザイド系利尿薬の方が効果は大きい。
ということは普通の日本人ならサイアザイドから始めた方が良いということか。
塩分摂取の少ない者はレニン・アンジオテンシン系(ACE、ARB)の方が効果があるそう。
なお65歳以上、特に女性または最初から低Naがあるような患者は、サイアザイド系利尿薬開始後1~2週でNa濃度をチェックせよ、と。
9.Ca拮抗薬は追加薬として使用せよ
Ca拮抗薬はジヒドロピリジン系(商品名:ニフェジピン、アムロジピン)では浮腫、非ジヒドロピリジン系〔ベラパミル(商品名:ワソラン)、ジルチアゼム(商品名:ヘルベッサー)〕では便秘を起こすので、これらは追加薬として使用するのがよい。
日本ではけっこう多くの専門医が推奨するCa拮抗薬は追加薬なのだ。
以上、仲田 和正・西伊豆健育会病院病院長が医学専門紙に寄稿した委曲をつくした専門的論考を私的・勝手要約。文責丸山。
いささか旧聞。
2017年6月、英国医師会雑誌に「高血圧の初期治療」の総説が記載された。
世界最新の高血圧の総説である。
またまた高血圧の定義が大きく変わってしまった。
数年來、広く用いられていたのは、米国合同委員会の第8次報告として新たに発表された高血圧ガイドラインだった。
覚える数字は150、140、90の三つ。
60歳以上の血圧目標値を従来の140/90mmHg未満から150/90mmHg未満へと引き上げる。
糖尿病あるいは慢性腎臓病(CKD)を有する患者は130/80mmHg未満から140/90mmHgへ。
これらの変更の影響について研究グループは、全米健康栄養調査のデータを使って検討した。
60歳未満では140/90mmHg以下に、糖尿病と慢性腎不全患者も同じ。
60歳以上では150/90mmH以下に。
繰り返す。
覚える数字は150、140、90の三つでよかった。
ところが、今回、なんと150/90mmHg未満が130/80mmHg以下になった。
60歳以上では収縮期血圧(最大血圧)が20も下げられてしまった。
総説「高血圧の初期診療」最重要点九つは以下の通り!
1.年齢、糖尿病、慢性腎不全にかかわらず130/80mmHg未満にせよ!
2.130/80~140/90mmHgはStage 1。心血管リスク10%未満は生活改善
130/80~140/90mmHgをStage 1高血圧。
140/90以上をStage 2高血圧とする。
Stage 1 高血圧で心血管疾患リスクが10%未満なら3~6カ月生活習慣改善を試みよ。
ただし計算に総コレステロール、HDL-C(善玉コレステロール)、LDL-C(悪玉コレステロール)の検査値が必要。
3.運動、減塩、減量、アルコールを制限し地中海式食事を。NSAID(非ステロイド性抗炎症薬)は切れ
高血圧につながる生活習慣因子は、食塩摂取過剰、体重増加、肥満、アルコール摂取、NSAIDやdecongestants(鼻粘膜充血解除薬、商品名:プリビナ、コールタイジン、トラマゾリン)使用など。
遺伝因子もある。
地中海式食事のポイントは次の3点。
果物、野菜、低脂肪乳製品、玄米、全粒粉(茶色のパン)、鶏肉、魚、豆類、ナッツ、オリーブ油を取れ
赤い肉(red meat:牛肉、豚肉)、バター、ラード、菓子、砂糖入り飲料を減らせ!
赤ワインを1、2杯(白ワインではない)
薬では、NSAID、decongestants、アンフェタミンを減らす。
4.140/90mmHg以上、心血管疾患、DM、CKD、心血管リスク10%以上は降圧薬開始
5.血圧測定は、坐位、背をもたれ下肢は交叉せず足底を床に、5分安静後に
血圧の測定方法は意外にうるさく、ガイドラインでは2回以上の場で2回以上の血圧測定を推奨。
カフ(マンシェット)は正しいサイズでなければならない。
6.検査はNa、K、Ca、UA、Cr、eGFR、Hb、thyrotropin、脂質、検尿、尿alb/Cr比(尿アルブミン/クレアチニン比)、EKG(心電図)
糖尿病や腎不全がありはっきりした蛋白尿がないときは、尿alb/Cr比をチェックする。
つまり随時尿で尿中アルブミン濃度と尿中クレアチニン濃度を同時測定しその比を取る。
糖尿病腎症では、アルブミンは分子量が小さいので大きな蛋白より早く尿中に出るため、早期に腎症を検出できる。
この正常値は30.0mg/g・Cr未満で、糖尿病腎症の早期診断基準は30~299mg/g・Crのとき。
7.降圧薬はサイアザイド、Ca拮抗薬、ACE拮抗薬、ARB拮抗薬の四つから選べ
8.塩分摂取の多い者はサイアザイド、少ない者はACE、ARB【推奨サイアザイド系利尿薬】
クロルタリドン(国内販売中止)、ヒドロクロロチアジド、インダパミド
塩分摂取の多い者はサイアザイド系利尿薬の方が効果は大きい。
ということは普通の日本人ならサイアザイドから始めた方が良いということか。
塩分摂取の少ない者はレニン・アンジオテンシン系(ACE、ARB)の方が効果があるそう。
なお65歳以上、特に女性または最初から低Naがあるような患者は、サイアザイド系利尿薬開始後1~2週でNa濃度をチェックせよ、と。
9.Ca拮抗薬は追加薬として使用せよ
Ca拮抗薬はジヒドロピリジン系(商品名:ニフェジピン、アムロジピン)では浮腫、非ジヒドロピリジン系〔ベラパミル(商品名:ワソラン)、ジルチアゼム(商品名:ヘルベッサー)〕では便秘を起こすので、これらは追加薬として使用するのがよい。
日本ではけっこう多くの専門医が推奨するCa拮抗薬は追加薬なのだ。
以上、仲田 和正・西伊豆健育会病院病院長が医学専門紙に寄稿した委曲をつくした専門的論考を私的・勝手要約。文責丸山。
炭水化物が命を縮める [ひとこと養生記]
糖尿病の臨床医にして「糖質制限食」の推進者、江部康二・高雄病院理事長が、「炭水化物が命を縮める」という衝撃論文の紹介記事を毎日新聞に寄稿している。
以下、その要旨。
「炭水化物の摂取増加で死亡リスク上昇」という論文が英医学誌『ランセット』に掲載されました。
ランセットといえば、世界五大医学誌の一つ。
『ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション:JAMA』(米国医師会雑誌)、『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル:BMJ』(英国医師会雑誌)、『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン:NEJM』(米マサチューセッツ内科外科学会発行)、『アナルズ・オブ・インターナル・メディシン:Ann Intern Med』(米国内科学会発行)とともに最も権威ある総合医学雑誌です。
ランセットの論文は、カナダ・マクマスター大学のMahshid Dehghan博士らが、5大陸18カ国の35~70歳の13万5335人を、2003年1月1日から13年3月31日まで7.4年間、追跡調査した報告です。
全死亡と心血管疾患に対し、食事がどのように影響するのかを検証しました。
これまでの研究データのほとんどが、高所得で栄養過剰傾向にある欧米のものでした。
しかし、この研究は低所得、中所得、高所得の全層を網羅しており、その点でも信頼性の高い研究だといえます。
健康常識をくつがえす結果
論文の内容は以下の4点に要約できます。
1)炭水化物摂取量の多さは、全死亡リスクの上昇と関連している
2)総脂質も各種脂質も摂取量の多さが全死亡リスクの低下と関連している
3)総脂質、各種脂質の摂取量は、心血管疾患、心筋梗塞、心血管疾患死と関連していない
4)(乳製品や動物性食品に多く含まれる)飽和脂肪酸の摂取量は脳卒中の発症リスクと逆相関している
端的に言えば、「炭水化物の摂取量が多いほど死亡リスクが高まり、脂質の摂取が多いほど死亡率が低下する」という内容です。
つまり「脂質をなるべく減らしましょう」という日本の従来の健康常識を真っ向から覆す研究報告です。
炭水化物は「糖質+食物繊維」です。
食物繊維は体内に吸収されず、血糖値の上昇を緩やかにするのを助けたり、腸内細菌の餌になったりします。
一方、糖質は体内に吸収され、血糖値を直接上昇させたり、老化や生活習慣病の原因となる糖化にかかわったりします。
ですから、死亡リスクの上昇には糖質が関係していると考えていいでしょう。
総死亡率が示す炭水化物の影響
論文では、炭水化物と脂質それぞれについて、摂取比率によって五つのグループに分け、全死亡率を比較しています。
炭水化物の摂取比率が高いほど総死亡率が上昇しています。
摂取比率が最も低い1群(46.4%)は総死亡率が4.1%で、最も高い5群(77.2%)は総死亡率が7.2%、5群は1群よりも総死亡率が1.76倍も高くなっています。
脂質については逆で、摂取比率が高いほど総死亡率が減少しています。
摂取比率が最も少ない1群(10.6%)の総死亡率は6.7%。最も高い5群(35.3%)の総死亡率は4.1%。
5群の総死亡率は1群の0.61倍しかありません。
食事ガイドラインは再検討すべきだ
「今回の結果を踏まえ、世界的な食事ガイドラインを再検討すべきである」と著者はこの論文で提言しています。
日本人の炭水化物摂取比率は約60%で、この研究の3群に相当します。
1群のレベルに炭水化物摂取比率を制限すれば、総死亡率は4.5%から4.1%に下がる可能性があるのです。
以下、その要旨。
「炭水化物の摂取増加で死亡リスク上昇」という論文が英医学誌『ランセット』に掲載されました。
ランセットといえば、世界五大医学誌の一つ。
『ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション:JAMA』(米国医師会雑誌)、『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル:BMJ』(英国医師会雑誌)、『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン:NEJM』(米マサチューセッツ内科外科学会発行)、『アナルズ・オブ・インターナル・メディシン:Ann Intern Med』(米国内科学会発行)とともに最も権威ある総合医学雑誌です。
ランセットの論文は、カナダ・マクマスター大学のMahshid Dehghan博士らが、5大陸18カ国の35~70歳の13万5335人を、2003年1月1日から13年3月31日まで7.4年間、追跡調査した報告です。
全死亡と心血管疾患に対し、食事がどのように影響するのかを検証しました。
これまでの研究データのほとんどが、高所得で栄養過剰傾向にある欧米のものでした。
しかし、この研究は低所得、中所得、高所得の全層を網羅しており、その点でも信頼性の高い研究だといえます。
健康常識をくつがえす結果
論文の内容は以下の4点に要約できます。
1)炭水化物摂取量の多さは、全死亡リスクの上昇と関連している
2)総脂質も各種脂質も摂取量の多さが全死亡リスクの低下と関連している
3)総脂質、各種脂質の摂取量は、心血管疾患、心筋梗塞、心血管疾患死と関連していない
4)(乳製品や動物性食品に多く含まれる)飽和脂肪酸の摂取量は脳卒中の発症リスクと逆相関している
端的に言えば、「炭水化物の摂取量が多いほど死亡リスクが高まり、脂質の摂取が多いほど死亡率が低下する」という内容です。
つまり「脂質をなるべく減らしましょう」という日本の従来の健康常識を真っ向から覆す研究報告です。
炭水化物は「糖質+食物繊維」です。
食物繊維は体内に吸収されず、血糖値の上昇を緩やかにするのを助けたり、腸内細菌の餌になったりします。
一方、糖質は体内に吸収され、血糖値を直接上昇させたり、老化や生活習慣病の原因となる糖化にかかわったりします。
ですから、死亡リスクの上昇には糖質が関係していると考えていいでしょう。
総死亡率が示す炭水化物の影響
論文では、炭水化物と脂質それぞれについて、摂取比率によって五つのグループに分け、全死亡率を比較しています。
炭水化物の摂取比率が高いほど総死亡率が上昇しています。
摂取比率が最も低い1群(46.4%)は総死亡率が4.1%で、最も高い5群(77.2%)は総死亡率が7.2%、5群は1群よりも総死亡率が1.76倍も高くなっています。
脂質については逆で、摂取比率が高いほど総死亡率が減少しています。
摂取比率が最も少ない1群(10.6%)の総死亡率は6.7%。最も高い5群(35.3%)の総死亡率は4.1%。
5群の総死亡率は1群の0.61倍しかありません。
食事ガイドラインは再検討すべきだ
「今回の結果を踏まえ、世界的な食事ガイドラインを再検討すべきである」と著者はこの論文で提言しています。
日本人の炭水化物摂取比率は約60%で、この研究の3群に相当します。
1群のレベルに炭水化物摂取比率を制限すれば、総死亡率は4.5%から4.1%に下がる可能性があるのです。