「ナポレオンの3時間」、ホント? [健康短信]
偉人の“ショートスリーパー伝説”は本当か?
内村直尚 / 久留米大学教授
睡眠時間が短くて済む人をショートスリーパー(短眠者)と呼びます。
健常成人の適切な睡眠時間は6~8時間ですが、5時間未満の睡眠でも日中に耐えがたい眠気や倦怠(けんたい)感を訴えない人がショートスリーパーです。
著名人の中にはショートスリーパー伝説が語り継がれている人が多くいます。
代表例が、1日3時間しか睡眠を取らなかったというフランス皇帝ナポレオン・ボナパルトです。
発明王と呼ばれたトーマス・エジソンは1日4時間睡眠だったといわれています。
こうした人は、なぜショートスリーパーでいられたのでしょうか?
本物のショートスリーパーは皆無
短時間睡眠が実現できるならば、時間をより有効に使えるので、「その秘訣(ひけつ)は何ですか?」と身を乗り出してくる人もいるでしょう。
まず、残念な結論を申し上げると、ショートスリーパーはこの世にほとんどいません。
私の30年以上に及ぶ臨床経験でも、真正のショートスリーパーにお会いしたことはただの一度もありません。
このように言うと、「自身の経験の範囲内のみで語っている」と反論されがちです。
でも、真正のショートスリーパーに関する症例報告や実態調査に関する医学論文は、ごくわずかしかありません。
つまり、それほどショートスリーパーはまれなのです。
最近、体内時計を制御する「時計遺伝子」の研究が盛んになり、特定の遺伝子を持つ人がショートスリーパーであるとの報告はあります。
しかし、睡眠状態は脳波を常時測定しない限り正確には分かりません。
ですから、医学的にショートスリーパーと確定診断された人は極めて珍しいケースでしょう。
きわめて難しい睡眠欲の制御
私が真正のショートスリーパーはほぼいないと言う理由は他にもあります。
人間の三大欲求である「食欲」「性欲」「睡眠欲」の中で、最も制御しにくいのが「睡眠欲」だからです。
ごく特定の期間を1日3~4時間睡眠で過ごす人は珍しくありませんが、そうした人は休日などにかなり長時間の睡眠を取っているものです。
また、徹夜の経験がある人ならばお分かりでしょうが、睡眠を極限まで抑え込むと、ある瞬間に突然眠りに落ちてしまいます。
このようにして、どこかで必ず眠っているのです。
ショートスリーパー伝説には「昼寝伝説」が付き物
では、ナポレオンのショートスリーパー伝説はうそだったのでしょうか?
うそだと言えます。
ナポレオンの秘書官ブーリエンヌの回顧録には、実際のナポレオンは夜から朝にかけておおむね7時間は睡眠を取り、昼寝もしていたと記述されています。
もちろん戦争と内政に明け暮れ、多忙だったナポレオンですから1日3時間睡眠という日もしばしばあったでしょう。
しかし、そのような睡眠不足の時には居眠りぐらいはしていたはずです。
ここからは想像ですが、出征が多かったナポレオンならば移動中に騎乗で居眠りをしていたと思います。
エジソンも昼寝をしていたことが知られています。
他には、午前3時に寝て午前8時に起きていたというイギリスの元首相ウィンストン・チャーチルも国会議事堂の中に専用ベッドを設けて、昼寝をしていたといわれています。
余談ですが、ショートスリーパー伝説のある人は往々にして地位の高い人です。
もし、そうした人が時々居眠りをしていたとしても、周囲は叱られることへの恐れや、対外的なメンツなどから、口外しないものです。
実際は寝ている自称ショートスリーパー
真正のショートスリーパーにはお目にかかったことがない私ですが、「自称ショートスリーパー」には数多くお会いしています。
会社員でも常に1日2~3時間しか寝ていないとおっしゃる方はいます。
しかし、そういう方の場合、ほとんどがマイクロスリープと呼ばれる超短時間睡眠を取っています。
通勤電車の中で立ったまま寝ている人などがその例です。
そうした細切れ睡眠を合計すれば、ほとんどの人は1日6時間程度寝ているのです。
不眠症を訴えるショートスリーパー
一方、不眠症で「私は1日2~3時間しか寝られない」と訴える方々がいます。
こうした人は、一気に熟睡する時間は2~3時間でも、昼寝などを合計すると6時間以上寝ていることが少なくありません。
過去に私の元を受診した患者さんの中に、「3年間一睡もしていない」と言う方がおられました。
でも、決してそのようなことはありません。
このような患者さんの夜間の脳波を測定すれば、実際には寝ていることがすぐに分かります。
しかし、その事実を突きつけたところで何も解決しません。
私も「あなたは実際には6時間寝ていますよ」などとは言いません。
そもそも、自分自身が眠った瞬間について確証を持って知ることはできません。
こうした患者さんは眠れないと思い込む心理的な不安を抱えていることがほとんどです。
実際には悩みを共有できる相手を求めているのです。
私は「寝られなくて苦しいのですね」と声をかけながら話を聞くことにしています。
それだけで、その晩からぐっすりまとまった時間眠れるようになる人もしばしばいるのです。
みなさんも不眠症によるショートスリーパーを訴える人には日常的に出会っていると思います。
そのような人に「気のせいだ」というのは避けるべきです。
時間が許せば、本人の悩みなどを聞いてあげてください。
ショートスリーパーを目指すな
最後に改めて強調しておきますが、むやみにショートスリーパーを目指そうなどとは思わないでください。
ナポレオンやエジソンやチャーチルの睡眠実態からは、昼寝できちんと睡眠を補うことが切り替えの良さにつながり、日中の激務にも耐えられたということが推察されます。
「1日3時間睡眠にする方法」などという書籍やセミナーなども見かけます。
しかし、そのような努力よりも、睡眠時間を確保する努力、起きている時間の生産性を高める努力をすることの方が合理的かつ前向きな努力です。
短時間睡眠による昼間の眠気や注意力の散漫は大事故の元なのですから。
【聞き手=ジャーナリスト・村上和巳】=毎日新聞医療プレミア」より転載
内村直尚 / 久留米大学教授
睡眠時間が短くて済む人をショートスリーパー(短眠者)と呼びます。
健常成人の適切な睡眠時間は6~8時間ですが、5時間未満の睡眠でも日中に耐えがたい眠気や倦怠(けんたい)感を訴えない人がショートスリーパーです。
著名人の中にはショートスリーパー伝説が語り継がれている人が多くいます。
代表例が、1日3時間しか睡眠を取らなかったというフランス皇帝ナポレオン・ボナパルトです。
発明王と呼ばれたトーマス・エジソンは1日4時間睡眠だったといわれています。
こうした人は、なぜショートスリーパーでいられたのでしょうか?
本物のショートスリーパーは皆無
短時間睡眠が実現できるならば、時間をより有効に使えるので、「その秘訣(ひけつ)は何ですか?」と身を乗り出してくる人もいるでしょう。
まず、残念な結論を申し上げると、ショートスリーパーはこの世にほとんどいません。
私の30年以上に及ぶ臨床経験でも、真正のショートスリーパーにお会いしたことはただの一度もありません。
このように言うと、「自身の経験の範囲内のみで語っている」と反論されがちです。
でも、真正のショートスリーパーに関する症例報告や実態調査に関する医学論文は、ごくわずかしかありません。
つまり、それほどショートスリーパーはまれなのです。
最近、体内時計を制御する「時計遺伝子」の研究が盛んになり、特定の遺伝子を持つ人がショートスリーパーであるとの報告はあります。
しかし、睡眠状態は脳波を常時測定しない限り正確には分かりません。
ですから、医学的にショートスリーパーと確定診断された人は極めて珍しいケースでしょう。
きわめて難しい睡眠欲の制御
私が真正のショートスリーパーはほぼいないと言う理由は他にもあります。
人間の三大欲求である「食欲」「性欲」「睡眠欲」の中で、最も制御しにくいのが「睡眠欲」だからです。
ごく特定の期間を1日3~4時間睡眠で過ごす人は珍しくありませんが、そうした人は休日などにかなり長時間の睡眠を取っているものです。
また、徹夜の経験がある人ならばお分かりでしょうが、睡眠を極限まで抑え込むと、ある瞬間に突然眠りに落ちてしまいます。
このようにして、どこかで必ず眠っているのです。
ショートスリーパー伝説には「昼寝伝説」が付き物
では、ナポレオンのショートスリーパー伝説はうそだったのでしょうか?
うそだと言えます。
ナポレオンの秘書官ブーリエンヌの回顧録には、実際のナポレオンは夜から朝にかけておおむね7時間は睡眠を取り、昼寝もしていたと記述されています。
もちろん戦争と内政に明け暮れ、多忙だったナポレオンですから1日3時間睡眠という日もしばしばあったでしょう。
しかし、そのような睡眠不足の時には居眠りぐらいはしていたはずです。
ここからは想像ですが、出征が多かったナポレオンならば移動中に騎乗で居眠りをしていたと思います。
エジソンも昼寝をしていたことが知られています。
他には、午前3時に寝て午前8時に起きていたというイギリスの元首相ウィンストン・チャーチルも国会議事堂の中に専用ベッドを設けて、昼寝をしていたといわれています。
余談ですが、ショートスリーパー伝説のある人は往々にして地位の高い人です。
もし、そうした人が時々居眠りをしていたとしても、周囲は叱られることへの恐れや、対外的なメンツなどから、口外しないものです。
実際は寝ている自称ショートスリーパー
真正のショートスリーパーにはお目にかかったことがない私ですが、「自称ショートスリーパー」には数多くお会いしています。
会社員でも常に1日2~3時間しか寝ていないとおっしゃる方はいます。
しかし、そういう方の場合、ほとんどがマイクロスリープと呼ばれる超短時間睡眠を取っています。
通勤電車の中で立ったまま寝ている人などがその例です。
そうした細切れ睡眠を合計すれば、ほとんどの人は1日6時間程度寝ているのです。
不眠症を訴えるショートスリーパー
一方、不眠症で「私は1日2~3時間しか寝られない」と訴える方々がいます。
こうした人は、一気に熟睡する時間は2~3時間でも、昼寝などを合計すると6時間以上寝ていることが少なくありません。
過去に私の元を受診した患者さんの中に、「3年間一睡もしていない」と言う方がおられました。
でも、決してそのようなことはありません。
このような患者さんの夜間の脳波を測定すれば、実際には寝ていることがすぐに分かります。
しかし、その事実を突きつけたところで何も解決しません。
私も「あなたは実際には6時間寝ていますよ」などとは言いません。
そもそも、自分自身が眠った瞬間について確証を持って知ることはできません。
こうした患者さんは眠れないと思い込む心理的な不安を抱えていることがほとんどです。
実際には悩みを共有できる相手を求めているのです。
私は「寝られなくて苦しいのですね」と声をかけながら話を聞くことにしています。
それだけで、その晩からぐっすりまとまった時間眠れるようになる人もしばしばいるのです。
みなさんも不眠症によるショートスリーパーを訴える人には日常的に出会っていると思います。
そのような人に「気のせいだ」というのは避けるべきです。
時間が許せば、本人の悩みなどを聞いてあげてください。
ショートスリーパーを目指すな
最後に改めて強調しておきますが、むやみにショートスリーパーを目指そうなどとは思わないでください。
ナポレオンやエジソンやチャーチルの睡眠実態からは、昼寝できちんと睡眠を補うことが切り替えの良さにつながり、日中の激務にも耐えられたということが推察されます。
「1日3時間睡眠にする方法」などという書籍やセミナーなども見かけます。
しかし、そのような努力よりも、睡眠時間を確保する努力、起きている時間の生産性を高める努力をすることの方が合理的かつ前向きな努力です。
短時間睡眠による昼間の眠気や注意力の散漫は大事故の元なのですから。
【聞き手=ジャーナリスト・村上和巳】=毎日新聞医療プレミア」より転載
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