オピオイドが感染を増やす [医学・医療短信]
オピオイド鎮痛薬が感染を増やす
神戸大学微生物感染症学講座感染治療学分野教授 岩田健太郎
研究の背景:注目される免疫抑制作用と感染リスク
米国では現在、オピオイド鎮痛薬の乱用が深刻な問題になっている。
オピオイド(opioid)=麻薬性鎮痛薬やその関連合成鎮痛薬などのアルカロイドおよびモルヒネ様活性を有する内因性または合成ペプチド類の総称。
大量摂取(overdose)と依存(dependency)は日本ではともに「中毒」と呼ばれるが、いずれも深刻な問題だ。
僕が研修医になった1990年代は、「日本は遅れている。
患者が痛がっていても麻薬鎮痛薬を全然使わない。制限が厳し過ぎる。
米国を見ろ。患者にどんどんオピオイドを使って、ペインマネジメントがしっかりしている」と言われたものだ。
ところが、現在ではそのオピオイドが米国での深刻な病の原因となっているわけで。
日本はたいてい、米国の医療を良くも悪くも周回遅れで追いかけているので、早晩この問題は、対岸の火事から自らの問題に転じる可能性が高い。
それはともかく、近年オピオイドの免疫抑制作用が注目されるようになってきた。
免疫抑制が起きれば、当然次に考えるべきは感染リスクである。それを吟味したのが、今回紹介する研究だ。
研究のポイント:オピオイドのIPDへの影響を症例対照研究で検討
本研究は、TennCareと呼ばれるテネシー州のメディケイド(米国の公的医療保険の1つ)プログラムのデータを用いた、後ろ向きnested case-control studyである。
Nested、字義通りには巣の中に入れた、という意味だろうが、特定の集団を決定し、そこでのケースとコントロールを設定するため、あたかも一般的なコホート研究のように患者を追跡できるタイプのケース・コントロール・スタディー(症例対照研究)だ。
テネシー州にはABCシステム(active bacterial core surveillance system)というデータベースがあり、清潔部位から肺炎球菌が検出される侵襲性肺炎球菌疾患(invasive pneumococcal diseases;IPD、つまり肺炎球菌菌血症や髄膜炎など)感染例の抽出を行った。
侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)は、2歳未満の小児で罹患リスクが高い。
IPDケース1例に対して、診断日・年齢・居住地をマッチさせた最大20例のコントロール例を抽出した。薬局のデータをこれに突き合わせてオピオイドの曝露を吟味した。
1995年から2014年までのデータを用い、1,233例のIPD患者(ケース群)と、これに対する24,399例のコントロールが見つかった。ケース群では311例が、コントロール群では3,521例がその時点でオピオイド使用者だった。
オピオイド使用者の比率はケース群で高く、調整オッズ比は1.62(95%CI 1.36~1.92)であった。
新規使用例で2.44(1.49~4.00)、長時間作用型オピオイド1.87(1.24~2.82)、強力なオピオイドで1.72(1.32~2.25)、高用量で1.75 (1.33~2.29)と、この傾向は顕著になった(それぞれのカテゴリーの詳細は文献参照)。
一方、過去や最近のオピオイド使用は、IPDとの関連が見られなかった。
私の考察と臨床現場での考え方:オピオイドのリスクを意識せよ!
ケース・コントロール・スタディーなので未知の交絡因子の存在は絶対には否定できないが、オピオイド使用の量や強さ、時間的近接性でも一貫した結果が出ている。
オピオイド使用が免疫抑制をもたらし、これがIPD(侵襲性肺炎球菌感染症)リスクを増していることはほぼ確実だ、というのが本研究の示しているところだと思う。
がん患者など、疼痛に苦しむ患者は多い。この研究をもって疼痛治療を割り引け、と主張するものではない(もちろん)。
大切なのは、こうした感染などのリスクがあることを、医療者も患者も認識しておくべきだ、ということだ。その認識が、早期診断、早期治療の一助にはなろう。
こうした患者に対して、23価あるいは13価の肺炎球菌ワクチン、もしくは両者の組み合わせが、どのくらいリスクを減らしてくれるかも、次の興味深いリサーチクエスチョンである。
リサーチクエスチョンであるということは、「本当のことはまだ誰にも分からない」という意味なのだが、臨床家として現段階では、オピオイド使用者には両者のワクチンを勧めるのが理にかなっていると僕は思う。
いずれにしてもIPDのリスクが高いのは、小児と高齢者だけではない。
悪評高い「机上の空論」、肺炎球菌ワクチン ニューモバックスの高齢者への「5年置き定期接種」は今年度で終了するという。
注=ニューモバックスNP(一般名:肺炎球菌ワクチン)
臨床現場は、「5年置きに」接種というエクセルファイルで計算したようには動かない。
こんな煩瑣なシステムでは接種率が下がり、予防接種事業のアウトカムに寄与しないのは明らかである。
オピオイド使用のみならず、いろいろな理由でIPDのリスクは増す。
こうしたさまざまなIPDリスクがあることを認識し、臨床現場の声を聞いて、もう少しマシな制度に仕立て直してほしいぞ、厚労省。
『Medical Tribune』2018年5月1日 配信
神戸大学微生物感染症学講座感染治療学分野教授 岩田健太郎
研究の背景:注目される免疫抑制作用と感染リスク
米国では現在、オピオイド鎮痛薬の乱用が深刻な問題になっている。
オピオイド(opioid)=麻薬性鎮痛薬やその関連合成鎮痛薬などのアルカロイドおよびモルヒネ様活性を有する内因性または合成ペプチド類の総称。
大量摂取(overdose)と依存(dependency)は日本ではともに「中毒」と呼ばれるが、いずれも深刻な問題だ。
僕が研修医になった1990年代は、「日本は遅れている。
患者が痛がっていても麻薬鎮痛薬を全然使わない。制限が厳し過ぎる。
米国を見ろ。患者にどんどんオピオイドを使って、ペインマネジメントがしっかりしている」と言われたものだ。
ところが、現在ではそのオピオイドが米国での深刻な病の原因となっているわけで。
日本はたいてい、米国の医療を良くも悪くも周回遅れで追いかけているので、早晩この問題は、対岸の火事から自らの問題に転じる可能性が高い。
それはともかく、近年オピオイドの免疫抑制作用が注目されるようになってきた。
免疫抑制が起きれば、当然次に考えるべきは感染リスクである。それを吟味したのが、今回紹介する研究だ。
研究のポイント:オピオイドのIPDへの影響を症例対照研究で検討
本研究は、TennCareと呼ばれるテネシー州のメディケイド(米国の公的医療保険の1つ)プログラムのデータを用いた、後ろ向きnested case-control studyである。
Nested、字義通りには巣の中に入れた、という意味だろうが、特定の集団を決定し、そこでのケースとコントロールを設定するため、あたかも一般的なコホート研究のように患者を追跡できるタイプのケース・コントロール・スタディー(症例対照研究)だ。
テネシー州にはABCシステム(active bacterial core surveillance system)というデータベースがあり、清潔部位から肺炎球菌が検出される侵襲性肺炎球菌疾患(invasive pneumococcal diseases;IPD、つまり肺炎球菌菌血症や髄膜炎など)感染例の抽出を行った。
侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)は、2歳未満の小児で罹患リスクが高い。
IPDケース1例に対して、診断日・年齢・居住地をマッチさせた最大20例のコントロール例を抽出した。薬局のデータをこれに突き合わせてオピオイドの曝露を吟味した。
1995年から2014年までのデータを用い、1,233例のIPD患者(ケース群)と、これに対する24,399例のコントロールが見つかった。ケース群では311例が、コントロール群では3,521例がその時点でオピオイド使用者だった。
オピオイド使用者の比率はケース群で高く、調整オッズ比は1.62(95%CI 1.36~1.92)であった。
新規使用例で2.44(1.49~4.00)、長時間作用型オピオイド1.87(1.24~2.82)、強力なオピオイドで1.72(1.32~2.25)、高用量で1.75 (1.33~2.29)と、この傾向は顕著になった(それぞれのカテゴリーの詳細は文献参照)。
一方、過去や最近のオピオイド使用は、IPDとの関連が見られなかった。
私の考察と臨床現場での考え方:オピオイドのリスクを意識せよ!
ケース・コントロール・スタディーなので未知の交絡因子の存在は絶対には否定できないが、オピオイド使用の量や強さ、時間的近接性でも一貫した結果が出ている。
オピオイド使用が免疫抑制をもたらし、これがIPD(侵襲性肺炎球菌感染症)リスクを増していることはほぼ確実だ、というのが本研究の示しているところだと思う。
がん患者など、疼痛に苦しむ患者は多い。この研究をもって疼痛治療を割り引け、と主張するものではない(もちろん)。
大切なのは、こうした感染などのリスクがあることを、医療者も患者も認識しておくべきだ、ということだ。その認識が、早期診断、早期治療の一助にはなろう。
こうした患者に対して、23価あるいは13価の肺炎球菌ワクチン、もしくは両者の組み合わせが、どのくらいリスクを減らしてくれるかも、次の興味深いリサーチクエスチョンである。
リサーチクエスチョンであるということは、「本当のことはまだ誰にも分からない」という意味なのだが、臨床家として現段階では、オピオイド使用者には両者のワクチンを勧めるのが理にかなっていると僕は思う。
いずれにしてもIPDのリスクが高いのは、小児と高齢者だけではない。
悪評高い「机上の空論」、肺炎球菌ワクチン ニューモバックスの高齢者への「5年置き定期接種」は今年度で終了するという。
注=ニューモバックスNP(一般名:肺炎球菌ワクチン)
臨床現場は、「5年置きに」接種というエクセルファイルで計算したようには動かない。
こんな煩瑣なシステムでは接種率が下がり、予防接種事業のアウトカムに寄与しないのは明らかである。
オピオイド使用のみならず、いろいろな理由でIPDのリスクは増す。
こうしたさまざまなIPDリスクがあることを認識し、臨床現場の声を聞いて、もう少しマシな制度に仕立て直してほしいぞ、厚労省。
『Medical Tribune』2018年5月1日 配信
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