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健康雑談(7)花粉症の来歴Ⅱ [エッセイ]

 花粉症と広辞苑=2

 枯草熱は、日本の花粉症とは違って、非常に古くから知られていた。

 英国のジョン・ブロストックが、1819年に見つけた病気である。わが日本は徳川第11代将軍家斉の時代である。

 ブロストックは、スコットランドの牧草地帯の村医者だった。

 彼の診療所には、毎年、夏になると、おかしな症状─体が熱っぽく、くしゃみ、鼻水、鼻づまり、涙目など─を訴える患者が何人もやってきた。

 患者はみな農夫だった。

 ブロストックは、そうした症状が、干し草に接触すると起こることに気づいた。

 そして28の症例をまとめて、「ヘイ・フィバー(hay fever=枯草熱)」と名づけ、報告した。

 その後、研究が進み、同じような症状は、ある種の花粉やカビ類などを吸入しても起こることがわかった。

 干し草に接触して起こる症状も、原因は干し草に繁殖したカビであることがわかった。

 以来、もろもろあって、1906年、そうしたある物質に対する体の異常な過敏反応を、オーストリアの小児科医ピルケが、「アレルギー」と命名した。

 ギリシャ語の「アロス(allos=異なった)」と「エルゴ(ergo=作用)」をくっつけた造語である。

 枯草熱は「花粉熱」とか「アレルギー性鼻炎」とも呼ばれるようになった。

 1955(昭和30)年発行の『広辞苑』第一版を見てみる。

「アレルギー【Allergie】種々な物質の注射・摂取などにより体質が変化し、その物質に対し正常と異なった過敏な反応を呈するに至ること。──・せい疾患【Allergie性疾患】アレルギー現象とみなされる疾病。枯草熱・蕁麻疹(じんましん)、あるいは再度のジフテリア血清注射によって起こる血清病などの類。」

 なぜか、枯草熱の文字が出てくるのは、ここだけで、独立した見出しとして収載されるのは、第二版からである。

 むろん「花粉症」の文字は、第一版はおろか第二版にも見当たらない。

 前回、述べたように花粉症の広辞苑デビューは、1983(昭和58)年発行の第三版からで、それは第二版の「枯草熱」の説明がそっくりそのまま転載されたものであった。

 くどいようだが、もう一度引用する。

「【花粉症】春から夏にかけて或る種の花粉を吸引するためにかかる鼻炎。一種のアレルギー性疾患で、くしゃみ・喘息・結膜炎などを伴う。枯草熱。花粉熱。アレルギー性鼻炎。」

 で、枯草熱の項目を見ると、「花粉症に同じ」。

 つまり、第二版が発行された1969(昭和44)年のころ収載項目として選ばれたのは、外国産の「枯草熱」だったが、10余年の間に国産の「花粉症」の認知度がぐんと上昇して本見出しとなり、枯草熱は空見出しに格下げされた。病名の新旧交替ってわけだ。

 そもそも枯草熱のアレルゲン(アレルギーの原因となる物質)は、枯草ではない。

 科学的正確性を欠いたネーミングなので、いまは花粉症あるいはアレルギー性鼻炎と呼ぶのが普通になっている。

 枯草熱は歴史的名称として残るだろう。

 広辞苑の花粉症の説明は、1991(平成3)年発行の第四版ではさらに詳しく正確になる。

「【花粉症】ある種の花粉を吸入するためにおきるアレルギー性炎症。鼻炎・くしゃみ・喘息・結膜炎などを伴う。原因として春のスギ・ヒノキ、初夏のオオアワガエリ、秋のブタクサ・ヨモギなどの花粉が知られている。枯草熱。アレルギー性鼻炎。」

 そのうえ新たにこんな項目も加えられた。

「【花粉情報】日本気象協会の行う生活気象情報の一。スギ花粉の飛散度を四段階に分けて知らせる。」

 念のため、最新版の「第六版」(2008年発行)を開いてみると、下のように記述の微修正が行われている。

「原因として春のスギ・ヒノキ、初夏のオオアワガエリ、秋のブタクサ・ヨモギなどの花粉が知られている。」が、

「春のスギ・ヒノキ、初夏のオオアワガエリ、秋のブタクサ・ヨモギなどの花粉が原因となる。」に。

「生活気象情報の一。」が、

「生活気象情報の一つ。」に。

「スギ花粉の飛散度を四段階に分けて知らせる。」が

「スギ・ヒノキ(北海道はシラカバ)花粉の飛散度を四段階に分けて知らせる。」に。

 ところで─。

 ブロストックが、9年間かけてまとめた枯草熱の症例は、28だった。

 斎藤洋三先生が、1964年に発表した画期的論文「栃木県日光地方におけるスギ花粉症Japanese Cedar Polinosisの発見」に記載した症例は、21である。

 現在、英国のアレルギー性鼻炎患者は人口の24%。

 日本では国民の約30%が花粉症患者(その7~8割はスギ花粉症)といわれる。

 以前は成人中心の病気と考えられていたが、最近は小児の患者もふえている。2~3歳の乳幼児にさえみられるようになっている。

 国民病どころか、世界病。それがアレルギーといえる。

 2001年、東京で開かれたアレルギー性鼻炎の国際シンポジウムに先だつ記者会見の席上、ヨハンセン・国際アレルギー学会前会長は、言った。

「不思議なことに、ベルリンの壁が崩壊したとたん、それまでは患者がごく少なかった東ドイツでもアレルギーが激増しています。共産主義がアレルギーを防ぐのに効くとは思えないのですが」。笑った。

 もう一度、ところで─。

 昔は、春になると、「春季カタル」という病気の名をよく聞いた。

「青少年に多く、春から夏に増悪する型のアレルギー性結膜炎。かゆみがはげしく、角膜にも障害を起こすことがある」(『最新医学全書』=小学館・中山書店発行)

 いまはほとんど聞かれなくなった。

 なぜか?

 昔の春季カタルには花粉症が混じっていたのではないだろうか。

 そして今の花粉症には春季カタルが混じっているのではないだろうか。

 素人の浅見だが─。
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