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あほんだら日本語格闘記(3) [プロテスト]

 2011年7月7日
 低能vsバカの泥メール

「バカ」のカタカナ表記はダメ。「ばか」とひらがな書きにしなければいけない。

「ハゲ」は、不快用語だから使ってはいけない。

「肥満児」も、差別につながるので「肥満の子ども」としなければいけない。

 それから、「わかる」「わかった」もダメである。必ず「分かる」「分かった」としなければならない─と、拙稿「健康歳時記」を配信していたG芸通信社の担当編集者は言う。

 なぜ、そうでなければならないのか?

「弊社は通信社として『記者ハンドブック』に従って配信しており、各新聞社様にもその旨は伝えております」─であるからだ。

『記者ハンドブック』というのは、共同通信社発行の「新聞用字用語集」で、同様の手引を朝日や毎日などの新聞社も出している。

 それらを見ると、確かに「馬鹿→ばか」、「解る、判る→分かる」とある。

 だが、これは、「馬鹿」や「解る、判る」を使ってはいけないという指示であり、「バカ」や「わかる」を禁じているのではない。

だから各紙の紙面に「バカ」や「わかる」が普通にみられるわけで、文脈によって、適宜使い分けていいのではないか─というのが、当方の意見だったが、テキは、がんとして聞き入れない。

「新聞社の共通規格(記者ハンドブック)にあわせて原稿を作成しなければならない。各新聞社のデスクからもそのまま掲載できるような要請が来ており、また、長年、そのように仕事をしてきました。すべての筆者に記者ハンドブックに準拠することを伝えており、例外をつくる事はできません」と言い張るのである。どうしようもない石頭だった。

 健康関連の記事なので、「たんぱく質」という用語をよく使う。これが毎回、必ず「タンパク質」に直されている。『記者ハンドブック』に「たんぱくしつ(蛋白質)→タンパク質」とあるからだ。

 しかし、全国紙はもとより地方紙の紙面でもしばしば「たんぱく質」を見る。「タンパク質」はめったに見ない。それも道理で、蛋白質の「蛋白」は「卵の白身」のことだから、カタカナよりもひらがな書きのほうが、正しい用語なのだ。

 そう指摘しても、相手は、「記者ハンドブック」の指定は「タンパク質」だから─の一点張りで、その揺るぎない拒絶ぶりはいっそ見事でさえあった。
 しかし、こちらも一度言い出したからにはそう簡単には引き下がれない。その頑固ぶりは、どっちもどっちだとは思ったが、次のようなメールを送った。

 ○○さま。
 いや、どうも、なんともしつこくて恐縮ですが、ちょっとクライアント各社のご意向を伺ってみてはもらえませんか。
 たとえば、こんなふうに、です。

 ─日ごろはたいへんお世話になっております。
 とつぜんですが、一つ、小さな提案をさせていただきたく、メールを差し上げます。
 と申しますのは、弊社から御社への配信記事は、かねてより共同通信社刊『記者ハンドブック』に準拠するよう決められてあります。

 ところで、その中の収録語の一つ〈タンパク質〉については、最近は〈たんぱく質〉と平仮名表記にする例が多くみられます。貴紙紙面でも、〈たんぱく質〉とされてある例を拝見したことがあるように記憶いたします。
 そこで、ご提案ですが、弊社の配信記事につきましても、今後は『記者ハンドブック』にあるように「文部科学省制定の学術用語」の場合は〈タンパク質〉、食生活や栄養関連記事(「健康歳時記」など)の場合は〈たんぱく質〉と使い分けたらいかがかと考えまして、ご意向をお伺いする次第です。

 ご繁忙のお時間を煩わせますこと誠に申し訳ございませんが、ご検討いただけないでしょうか。何卒よろしくお願い申し上げます。

 ─とまぁ、こんな提案を「健康歳時記」配信の各社にしてもらうわけにはいきませんか。
 そうした提案をされたからといって、クライアントの怒りをかうといったことは、まずないだろうと思います。同じ新聞の別の記事ではすでに「たんぱく質」を使用しているのですから─。むしろ熱心さを認めてもらえるということもあるのではないでしょうか。

 しかし、それでもなお、なぜそんなしち面倒なことを、わざわざしなきゃいけないのか。「たんぱく質」でも「タンパク質」でも、どっちだっていいではないか。こんなちっぽけな問題になぜそこまでこだわる必要があるのだ。─というご意見もあろうかと思います。
 それならそれで、もう何にも言いません。

 ─と、こう振り返って書いてみると、自分でもいささか辟易するのだが、そんなあきらめのわるいメールを送った結果、以後は「たんぱく質」でよしとすることに一件落着。初めてめでたく〝一勝〟を収めたのだったが、イラつくことは、ほかにもずいぶんあった。

 たとえば─、
「旧冬のある日、電話の受話器をとった妻が、悲痛な声を発し、目からたちまち涙があふれ出た。親友の死去の知らせだった。六十四歳、くも膜下出血─。

 八年前、私の前立腺がんがわかったとき、身内同様に心配してもらい、たびたび高価な民間薬が届いた。お見舞いを頂いたほうはまだのんきに生きている。申し訳ないような不公平だ。」

 ─という小文の末尾の「申し訳ないような不公平だ」が、新聞の紙面では「申し訳ないようで不公平に思えた」に直されてある。例によって、メールを送った。
 
 ○○さま。
 1月16日の「壮年の脳卒中」の文中、小生が「申し訳ないような不公平だ」と書いたのが、「申し訳ないようで不公平に思えた」となっています。これ、おれの文章じゃないデス。こういう直しは不愉快です。もしスペースの関係で字数を増やす必要があったのなら、せめて「申し訳ないような不公平に思われた」としてほしかったです。

 その返信はこうだった。
「壮年の脳卒中」については本当に申し訳ございません。以後気を付けますので、よろしく御願い申し上げます。

 なんだ、こりゃ、だったら、直すなよ。バカめ! という罵言はむろん胸の中で吐き捨てただけだったが。

 また、脳卒中の前兆として起こる頭痛の症状を述べたあとの、「そんなときはためらわず脳外科を受診しよう」が、「そんなときはためらわず脳外科で受診しよう」となっている。

なぜ、「を」を「で」に直したのか? 「脳外科で診てもらおう」や「脳外科で診察を受けよう」ならいいけど、「脳外科で受診しよう」はおかしいと思います。─とメールを送った。

 それへの返信メール。
 ご質問の件ですが、
 私は「脳外科」を診察する「場所」と考えました。「~を」としたら「脳外科」は脳を診察する「機関」と考えられます。「脳外科」のとらえ方の違いが出てしまいました。医学に関して認識不足なところが出てしまったのかもしれません。また、疑問点があったらおっしゃってください。自分なりの考えを伝えます。

 シャラくさいことを言うではないかと、駄文ライターは怒った。

 ○○さま。
 病院の「脳外科」は、脳を診察し、治療する「場所」です。診察し、治療する「機関」でもあります。だがそんなことどっちだっていいでしょう。
「そんなときはためらわず脳外科を受診しよう」というのは、すぐさま脳外科へ行くようにという勧めなのです。

 別の例を挙げましょう。大学の「英文科を受験しよう」「英文科を受けよう」とは言います。が、「英文科で受験しよう」「英文科で受けよう」とは言わないと思います。

「受診」は「診察を受けること」、「受験」は「試験を受けること」です。
「英文科で勉強しよう」とは言います。「脳外科で治療しよう」とも言うでしょう。だけど、おれは「脳外科で受診しよう」とは、絶対に言わないし、書きません。

「で」でも「を」でも、どっちでもいいだろう。というゴ意見もあるかと思います。一歩ゆずって、それを認めることにしましょう。その場合でも、やはり、直されることを、おれはおことわりします。なぜなら、これは、おれの文章だからです。

 ここで、目的語だとか、自動詞だとか、他動詞だとか、格助詞だとか、半チクな文法論議をする気はありません。あなたにも、おれにも、身についた語感というものがあって、それはお互い、尊重しなければならないと思うからです。

 明らかな誤字、脱字、間違った記述について、編集者が、ライターの文章を直すのは、それは編集者の権利であり義務でもある仕事だと思います。しかし、その場合も、相手にきちんとことわってやるのが、ルールというものでしょう。とにかく、ロクな文章じゃないけど、低能は低能なりに、考えながら書いているわけで、そこのとこ、わかってもらいたいと思うのは、ゼイタクな希望だろうか。

 この怒りのメールに対する返信メール(全文)はこうだった。
 お世話になっております。
>明らかな誤字、脱字、間違った記述について、編集者が、ライターの文章を直すのは、それは編集者の権利であり義務でもある仕事だと思います。しかし、その場合も、相手にきちんとことわってやるのが、ルールというものでしょう。
 確かにその通りです。筆者の気持ちに細心の注意を払って編集を行うのが編集者です。以後、その点も注意しながら編集を行いますので、ご指導のほど、よろしく御願いします。

 しかし、「細心の注意」を払っていたら、どうしてこんなコトになるのかという一例をお目にかける。

 血圧の「至適値と目標値」について説明した記事で、原文は下の通りだった。

 なお、上の血圧から下の血圧を引いた数値を「脈圧」、脈圧を三で割り、下の数値を足したものを「平均血圧」という。脈圧は心臓に近い太い血管の、平均血圧は末梢の細い血管の、硬化度の指標とされる。脈圧の正常範囲は四○~六○。平均血圧の理想は九○未満だ。

 ─これが、新聞紙面では、

 なお、上の血圧から下の血圧を引いた数値を「脈圧」、脈圧を三で割り、下の数値を足したものを「平均血圧」という。脈圧は心臓に近い太い血管の平均血圧は、末梢の細い血管の硬化度の指標とされる。脈圧の正常範囲は四○─六○。平均血圧の理想は九○未満だ。
と意味不明の珍文に化けていた。

 低能が読み違えた文を、わかりやすく解体すると、「脈圧は心臓に近い太い血管の硬化度の指標で、平均血圧は末梢の細い血管の硬化度の指標とされる」ということになる。

 それが、「、」1個の移動で、「脈圧は心臓に近い太い血管の平均血圧は、末梢の細い血管の硬化度の指標とされる」という意味不明の珍文に化けてしまったのである。
 呆れて物が言えないとはこのことだが、黙って見過ごすのは相手のタメにもならないだろうと思ったから、間違いを指摘した上で、

 ○○さま。
 たかが「、」一個のことをグダグダ言いたくないので、言わせないようにしてください。
どうか、今後はこういう直しはしないでください。よろしくお願い申し上げます。
 ─とメールを送った。それの返信。

 お世話になっております。
 メール拝受致しました。
 読点の件、すみませんでした。軽率に変えてしまったようです。以後気を付けますので、よろしく御願い申し上げます。

 ─これが全文だった。「軽率に変える」なよ。「細心の注意」はどこへ行ったんだよ。
 この話、まだまだ言い足りない。次回は7月12日に。

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